【NHK注目の若手思想家】ユヴァル・ハラリ vs マルクス・ガブリエル
ブログ主の仕事の都合ですっかり更新の途絶えており申し訳ありません。本記事も英語とは直接関係しません。
年末年始に当サイトでたびたび紹介してきたユヴァル・ハラリ氏の特集番組が放映されます。
ついでに紹介するのも失礼なんですが、いま売り出し中のドイツ人哲学者マルクス・ガブリエルの番組も放映されます。
西洋知のバトル?
NHKは意図してかどうかわかりませんが、西洋思想史の二大潮流を受け継ぐ若手思想家をフィーチャーしていることになります。
人類史を大きく動かした実在論と経験論の現代的バトルといえなくもないからです。
科学主義と新実在論
西洋思想にはプラトンとアリストテレスの対立に淵源する二大潮流があります。ごく簡単に言えば、幸か不幸か人間は現実(今生)を超えた何らかの存在を認識する動物です。それを神と呼ぼうがイデアと呼ぼうが同じことで、プラトンは現実界を超えた永遠不滅の実在(イデア)を信じたのですが、弟子のアリストテレスはこれを拒み、永遠不滅の実在など人間には経験しようがない。人間は経験可能な世界に思考を限定すべきだと考えました。
前者は実在論(realism)、後者は経験論(empiricisim)としていまに受け継がれています。
トマス・アクィナスによる調停
古代キリスト教の神学者たちは、エジプトのアレクサンドリアの新プラトン派の神秘思想などを通じて深くプラトンの影響を強く受け続けたのですが、中世になってトマス・アクィナスなる神学者が現れ、キリスト教神学にアリストテレス系の思考を持ち込みました。
アクィナスは「本質と存在を区別しなければならない」としました。神は究極の存在であり、その存在に先立って本質が存在するはずがない(プラトンの否定)。神は唯一無二の純粋存在である。これを疑ってはならないと言って、実在論と経験論の折り合いをつけたのです。
その後の経過ははしょりますが、とにかく島国イギリスでは経験論が優勢となり、実在論優勢な大陸側と袂を分かったのです。ここ数百年世界の覇権をとり、経済界を牛耳って英語をリンガフランカ化させた英米はアリストテレス系の唯名論、経験論の系譜を受け継いでいるわけです。英米と事実上同盟関係にあるイスラエル出身のハラリは、英米的な科学主義(データ主義)の代表者と見なすことができます。
それに対して実在論の流れを受け継ぐドイツ出身のマルクス・ガブリエルは新実在論(=アンチ科学主義)を提唱して売り出し中の哲学者です。
両者の違いについてはガブリエル自身が明確にコメントをしていますのでご紹介しましょう。
ハラリと私とを関連付けて質問されたのは初めてのことですが、とても鋭い指摘だと思います。ハラリは言ってみれば、自然主義、科学主義の司祭のような存在でしょう。テクノロジーによって人類が消滅し超人が誕生するという彼の本は、聖書のテクノバージョンといえるかもしれません。
ハラリのように、自然科学だけを真実と捉え、それ以外の想像的な事象を虚構と見なす科学主義は、民主主義の基盤を損なうことにつながります。というのも、科学主義は、人権や自由、平等といった民主主義を支える価値の体系を信じないニヒリズムに陥ってしまうからです。
ガブリエルの物言いはつねに慎重なのですが、ヘブライズム(唯名論的な科学主義)が嫌いな点だけは本音でしょう。彼はAIを「知性」と呼ぶことにも批判的で、シンギュラリティの議論もバカバカしいと一笑に付しています。片やイスラエル、片やドイツ・・・思考の型がいかに風土(トポス)に左右されるかの見本のような二人なのです。
「世界は存在しない」の意味
ガブリエルによれば、社会的動物である人間がお互いのトポスの違い(トライバリズム)を乗り越えていくためには、特定のスタティックな世界観(いわゆるデータ主義や科学主義)を押しつけるのではなく、別々の世界観間における「価値の共有」しかないと言います。
ポスト・ヒトラー時代のドイツ思想家だけにガブリエルの哲学は「お行儀がよく、ものわかりがいい」のが特徴です。個人的にはハラリの醒めた視線の方が好みです(ハラリが単なる科学主義者のニヒリストとはブログ主には思えません)が、せっかくなので同じ記事から、ガブリエルのコメントを引いておきましょう。
私たちは今、これからの100年のために、分かれ道の前でどちらに進むかを決めなければなりません。一方の道は、世界規模のサイバー独裁や全人類の滅亡に続きます。これがまさにハラリが示したものです。そしてもう一方には、普遍的なヒューマニズムを追求していく道があります。こちらは、あらゆる人間存在の中の同一性を認識し、それを人類のこれからの発展のための原動力にしていく道です。後者に進むのであれば、私たちは、さまざまな人間存在のあり方を会議のテーブルに持ち寄り、グローバルな格差をなくしていくためのシステムを共につくらなくてはなりません。それができて、人類滅亡というファンタジーは消え去っていくのです。
英語の母胎である経験論の世界とは必ずしも折り合わないのがフランスやドイツの思想潮流なのです。このせめぎあい(切磋琢磨)が西洋世界を豊かにも複雑にも引き裂きもしてきたわけです。そしてこのことは日本にも無関係ではありません。英米系の影響下にずっと置かれていますが、明治維新のとき日本人が意識的に選んだのはむしろ大陸系の思想体系でした。日本の内部でも実在論と経験論がくんずほぐれつ、こんがらがっているのです。
年末年始の時間に余裕のあるときですから、そんな切り口でNHKの番組をご覧になるのも一興かと思います。
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