【文化の重層性01】英語は三階建て:1F ゲルマン、2F フランス、3F ローマ

これから数回に分けて、英語の形成史、哲学の語源、悪魔の語源などを手がかりにして西洋文化の重層性について考えてみたい。

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文化の三層構造

西洋文化を家にたとえるなら、うわものに当たるのがキリスト教(表文化、メインカルチャー)だ。家の中にはいろんな部屋がある。そこには民族的な生活伝統、秘儀や結社の類、神秘思想などが混在しているだろう(伝統文化、裏文化)。うわものは土地がなければ建たない。キリスト教が入る前の基層文化(信仰を含む)がそれに当たるだろう。

つまり、イギリス文化は表文化、裏文化、基層文化の三層構造になっているわけだが、別にイギリスに限らない。日本だって、表向きは「無宗教の近代的民主国家」だが、その内実を構成しているのは神仏儒に育まれた伝統文化であり、さらには、そこから派生した歌謡曲、Jポップ、マンガ、アニメ、新興宗教、SNSなどのサブカルチャーである。それらはみな縄文以来の基層文化・宗教観(死生観)の上に築かれている。

当然、言語も人間の所産である以上、同じような構成になっているはずだ。こうした面から英語を学べば、イギリスやアメリカをとっかりに西洋文化全般への理解が深まるだけでなく、さらには西洋文化の根っこにある古代の文化にも関心が広がるだろう。

日欧の発展パターンは似ている

ヨーロッパは日本と同じような歴史を辿っていて、最初はローマ帝国という大文明に対する辺境的存在に過ぎなかった(日本もシナの周辺に浮かぶ部族集団に過ぎなかった)。

西ローマ帝国が崩壊すると、AD5世紀後半に多数派を形成したゲルマン人がフランク王国(Frankish kingdom)を建国する(日本は大化の改新以降、唐の脅威に対抗すべく日本国を名乗る)。日本がその後も唐の文化的影響を受け続けたように、フランク王国も文化的にはつねにローマ帝国の遺産であるキリスト教(カトリック教会)の影響下にあった。

日本と違うのは、日本の朝廷が記紀編纂以降、急速に文字文化を摂取し、平安時代には源氏物語を生むまでに高度な文化的発展を遂げたの対し、ヨーロッパは陸続きなので長く抗争に明け暮れ、中世の終わりに宗教改革が起こるまで、読み書きが浸透しなかったことだ。逆にいえば、彼らはお互い侵略したりされたり、平時でさえ交易を通じて活発に異人と交流したので、早くからグローバル化していたが、日本は一部を除けば対外交流は物資に限定され、人間的交流は極端に少なかった。そのことが現在にも影響しているだろう。

カトリック教会とラテン語

そのような背景があるので、ヨーロッパの知識階級(intellectual)にとって文化といえばカトリック教会であり、学問といえばラテン語であり、政治といえばローマ皇帝だったのだ。彼らはつねにローマを写し鏡として発展してきた。

ごく大雑把にいえば、西洋文化はローマ成分とゲルマン成分の対抗・相互補完関係を通じて出来あがったのである。その基本はいまも変わらない。

日本は150年前、中国という写し鏡をヨーロッパに持ち替え、戦後はアメリカに持ち替えて現在に至る。いわゆる近代化路線だ。そのおかげで大国にのしあがったのだが、問題があるとすれば、国際社会、グローバル化といいつつ中国とアメリカばかりに意識が行くことだろう。

世界はもっと広く、古い。当サイトでは、なるべく広く関心の向きにくい世界へ関心を向けてもらうお手伝いをしたいと思っている。前置きはこのくらいにして、英語の重層性を知るためにその形成史を見てみよう。

英語の重層構造

英語もゲルマン成分とローマ成分でできているハイブリッド言語だ。土台部分はゲルマン系言語で、そこにラテン語、その派生言語から大量のボキャブラリーが入った。現在では6割以上がラテン由来だ。英語のラテン語受容史については英語専門家の以下のサイトがくわしい。

以下、このサイトを元に、適宜補足しながら英語の形成過程を見る。

ゲルマン系主体の古英語期(Old English)

AD1世紀、ローマ帝国がブリテン諸島(北部のスコットランド、アイルランド島を除く)を支配したのだが、この頃の語彙は現代の英語にほとんど痕跡を残していない。被支配民のケルト語の影響が強かったせいか。

ところがAD5世紀にドイツ北西部からアングロサクソン諸集団(Anglo-Saxons。Angles、Saxons、Jutesの3民族)が侵入してくると、彼らはローマとの交易を通じて得た多くのラテン語を英語に持ち込んだ。butter、candle、cat、cheese、mile、pepper、sack、street、tile、wineなどの生活に密着した語彙群だ。

6世紀末、支配階級になっていたアングロサクソン人がキリスト教への改宗を決めると、今度は宗教・学問系の語彙が流入してくる。altar、creed、deacon、verse、grammar、offer、pope、psalm、sabbath、schoolなどである。

フランス系の影響が強まる中英語期(Middle English)

古英語が中英語に変わるのは11世紀、フランスのノルマンディ地方(Normandy)からノルマン人(Normans)がイングランドに襲来してノルマン朝を樹立、イングランド各地の攻略を進め、支配層となったからだ(Norman Conquest)。彼らの話していたオイル語(俗ラテン語から派生した北フランス方言)がイングランド支配階級のことばとなると、それまでゲルマン系主体だった英語が、ラテン系言語からの強い影響を受ける。

このオイル語と古英語のミックスから生まれた言語をアングロ・ノルマン語(Anglo-Norman)と呼ぶが、現代英語の語彙の半分はアングロ・ノルマン語由来だという。

出典:世界史カレンダー http://history365days.blog.fc2.com/

言語の変化は人の変化、すなわち政治の変化をもたらし、ノルマン朝以降、イギリスはゲルマン系の影響下を脱し、フランス系とのつながりを深めていくのだ。

この時代からイギリス知識人は、ラテン語を通じて貪欲に古典文学、医術、天文学などを吸収していったのでラテン語の流入は途絶えることがなかった。14世紀に宗教改革の機運が高まると、ジョン・ウィクリフ(John Wycliffe)らが、それまで母国語で読めなかった聖書をラテン語原典(ヴルガータ、Vulgata)から英語に翻訳する。この際にも1000を越える単語が借用された。

中英語時代に流入した単語はいまも現役の単語が多く枚挙にいとまがないが、代表例を挙げれば、client、conflict、 equal、explanation、formal、include、item、library、picture、tradition などがある。

初期近代英語期(Early Modern English)

宗教改革で “自由” を手にしたイギリスはルネサンス期、一気に「ラテンかぶれ」の時期を迎える。とくに影響が大きかったのは、大陸での学問や芸術の発展、そして聖書の本格的英訳事業だ(印刷技術の発明が大きい)。聖書の背景になっている中東世界やギリシャ・ローマ世界には英語に存在しない概念や風習が多数存在し、それをいちいち英語化することは不可能だ。そのためラテン語をそのまま借用したのである。それにも増して「神のことば」なのだから、高尚でなければならない。高尚といえば、フランス経由ではなく直接ヴルガータのラテン語という思考回路だ。

この時期に入った語彙を見ると、allusion、confidence、dedicate、describe、discretion、education、exaggerate、expect、industrial、maturity など、どちらかといえば堅いことばが多いことに気づくだろう。

近現代英語期(Modern English)

17、18世紀は大量受容した語彙の咀嚼期といえ、ラテン系語彙の流入はがたんと減るのだが、イギリス自体が大国化する19世紀に入ると、世界的な学問や商工業の発展で大量の造語が行われるようになる。この段階になると、もはやラテン語の語形成規則(word formation rules)は自家薬籠中のものであり、自国語と同じように、古いラテン語(もしくはギリシャ語)から新しいことばが生みだされていく。基本的にこの傾向は現代でも続いている。

以下の英語版wikipediaの記事を見れば、目もくらむようなハイブリッドな語彙の世界を垣間見れる。

英語ボキャブラリーは三階建て

以上のように英語は三階建ての建物なのだ。簡単に図式化すると次のようになる。英語語彙の3層構造

骨格はゲルマン系

骨格や内臓、からだの基幹部分はゲルマン語である。文章構造、統語法などの基礎もゲルマン系のままだ。また基礎語彙の多くもゲルマン語に由来する。

肉付きはフランス系

しかし、肉付きや皮膚の部分はフランス語で出来ている。多くの語彙をフランス語から借用してローカライズしており、もう1000年も政治面や文化面でフランス系からの強い影響を受けている(当然、逆方向の影響もあるわけだが)。

晴れ着はラテン語

こうしたからだに着るのがラテン語という服だ。古い時代のヨーロッパはどこでもローマ帝国の影響下にあったから、これは英語に限らないが、諸学問、宗教、思想、法律、行政などの上級語彙はラテン語から多くを借用したのである。ラテン語自体がギリシャ語に多くを負っているので、間接的にギリシャ語の影響も受けている。

たとえば、logosというギリシャ語の基本的意味は「ことば」だ。ことばを組み上げて話せば「論」になり、論をまとめれば「論理」になる。そこから「学問」という意識が生まれ、接尾辞-logyが生まれた。anthropology、biology、cosmology、ecology、geology、ideology、philology、psychology、technologyなどの単語が生まれた。

西洋文化について知る上で、このロゴスということばは重要なので、次回はロゴスを手がかりに、学問や哲学というものを考察してみたい。

日本語も三層構造

このような三相構造は日本語も同じだ。基層にはやまとことばがあり、その上に中国語からの借用語、さらに西洋語からの借用語が載っている。

たとえば、英語のbodyを日本語で3通りに言い表せる。

  • やまとこば・・・からだ
  • 漢語由来・・・身体
  • 英語由来・・・ボディ

monyも同様だ。

  • やまとことば・・・おかね
  • 漢語由来・・・金銭、貨幣
  • 英語由来・・・マネー

ところが近代以降に出来たcomputerの場合、やまとことばも漢語も存在しないから、当初は「電算機」ということば造語されたが、効率化の影響か、いつしかカタカナ語の「コンピューター」が優勢になった。中国語では「電脳」がつくられたが、日中の文化的影響関係は明治以降、逆向きになっているので日本語には輸入されなかった。

反対に、明治以降に西洋語から漢字をつかって大量の翻訳語がつくられたが、その多くは中国語に借用されている。この辺の事情については、以下のページが詳しいので引用しよう。

筆者は、

当時の日本では、西洋の新語を訳すとき、少数の音訳をのぞいて大部分は意訳をしていた。しかも音訳であろうと、意訳であろうと、みな漢字を使っていた。特に意訳の場合は、ちゃんと中国語の造語法のルールを守ってつくられた。具体的には次の通りである。

として、以下の例を挙げている。

一、修飾語+被修飾語

  1. 形容詞+名詞
    人権 金庫 特権 哲学 表像 美学 背景 化石 戦線 環境 芸術 医学 入場券 下水道公証人 分類表 低能児
  2. 副詞+動詞
    互恵 独占 交流 高圧 特許 否定 肯定 表決 歓送 仲裁 妄想 見習 假釈 假死 假設

二、同義語の複合

解放 供給 説明 方法 共同 主義 階級 公開 共和 希望 法律 活動 命令 知識 総合 説教 教授 解剖 闘争

三、動詞+客語

断交 脱党 動員 失踪 投票 休戦 作戦 投資 投機 抗議 規範 動議 処刑

四、上述の語による複合語

社会主義 自由主義 治外法権 土木工程 工芸美術 自然科学 自然淘汰 攻守同盟 防空演習 政治経済学 唯物史観 動脈硬化 神経衰弱 財団法人 国際公法 最俊通牒 経済恐慌

要するに、日本人は西洋のことばを日本語に訳すとき、漢字を使って中国語の造語法の法則にしたがって訳語を苦心惨憺してつくったと言える。特に第三の 「動詞+客語」 の造語法は日本語にはもともとないばかりか、日本語の文法とは正反対である。こうしてできた日本の訳語が大量中国語のなかに入っても、中国人はちょっと見知らぬことばだなと思うことがあったかもしれないが、あまり違和感を持たなかったにちがいない。まるで日本生まれ日本育ちの華僑の人が中国に帰国したようである。もしも当時、戦後の日本のように外来語は全部片仮名の音訳で片づけてしまうならば、日本語の中国語への大量進出はありえなかっただろうと思う。

明治の先人たちに頭を下げたくなるではないか。グローバル化を叫びながら「外来語は全部片仮名の音訳で片づけてしまう」現代日本人は、文化の重層性とその奥深さについて、もう少し自覚的になった方がいいかもしれない。大国とは、明治の造語者たちのように広く深い教養をもった人材を育てる場所のはずだからである。