【音楽】U2 “With or Without You”:”She” とは誰なのか?なぜ主人公の無為なのか?

2019-01-25♪音楽, 宗教, 歴史, 英語の話

※2019.1.25 補筆・改訂

今日はU2の名曲 “With or Without You” をとり上げよう。この曲はアイルランドの悲しい歴史と現実を投影していると思われるが、一義的な解釈を許さない。歌詞がシンプルなので、様々な “読み込み” の余地があるのだ。

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多義的な名曲 U2 の “With or Without You”

この曲は削ぎ落された歌詞で出来ているので様々な解釈ができる。ブログ主なりの解釈は後回しにして、まず歌詞を引用しておこう。

See the stone set in your eyes
See the thorn twist in your side
I’ll wait for you

Sleight of hand and twist of fate
On a bed of nails she makes me wait
And I wait without you

With or without you
With or without you

Through the storm we reach the shore
You gave it all but I want more
And I’m waiting for you

With or without you
With or without you
I can’t live
With or without you

And you give yourself away
And you give yourself away
And you give
And you give
And you give yourself away

My hands are tied, my body bruised
She’s got me with
Nothing to win and
Nothing left to lose

And you give yourself away
And you give yourself away
And you give
And you give
And you give yourself away

With or without you
With or without you
I can’t live
With or without you

(出典:wikipedia commons)

“she” は誰なのか?主人公は何を「待っている」のか?

歌詞を多義的にしている犯人は “she” という第三者の存在だろう。リフレインを除けば、歌詞は4つのverseで構成されている。そのうちsheが登場しないverseが2つ。登場するverseは2つ。

1番

See the stone set in your eyes
See the thorn twist in your side
I’ll wait for you

無粋ながら意味を通じやすくるために書き換えれば以下のようになろうか。

I see that the stone has been set in your eyes
I see that the thorn twists in your side
I will wait for you.

stoneはつぶて、thornはいばら。どちらも主人公との間に、冷酷さ、無感覚さ、怒り、拒絶のようなネガティブなものを孕む。明らかに両者の関係はよくない。キリスト教圏において石と茨はともに戦いや迫害の象徴だ。当然、イエスキリストの姿が連想されてくる。

2番

Sleight of hand and twist of fate
On a bed of nails she makes me wait
And I wait without you

sleight of hand
「早業」を意味するがそこには「狡猾さ」のニュアンスが伴う。語源は古ノルド語。ラテン系の由来ではない。関連語にsly。

二者の関係のなかへ突如 “she” が割り込んでくる。”she” は狡猾な早業と運命のいたずらで主人を捉え、針のむしろ(のような居たたまれない状況)に陥らせた。

つまり三角関係?

・・・にもかかわらず、主人公は “you” 不在の状況で何かを「待っている」のだという。

何を?

3番

Through the storm we reach the shore
You gave it all but I want more
And I’m waiting for you

嵐に巻き込まれ、岸へ流れ着いてしまった。さまざまないさかいや交渉の後で、行き着くところまで行ってしまったようだ。

“you” は精一杯のものを与えてくれたが、主人公は物足りないという。これ以上 “you” から与えらることは期待できないにもかかわらず、主人公は “you” を「待っている」。

何か期待して?

4番

My hands are tied, my body bruised
She’s got me with
Nothing to win and
Nothing left to lose

ふたたび “she” の登場。”she” に手を縛られ、からだは傷だらけ。”she” は得るものも失うものも残っていない状態に主人公を追い込んだ。

リフレイン

結局わかることは、主人公がこのような抜き差しのならない状況に決着をつけないで、以下を繰り返すばかり―、ということだ。

With or without you
With or without you
I can’t live
With or without you

And you give yourself away

“you” がいても生きていけない、”you” がいなくても生きていけない。(でも主人公と違い)”you” はすべてをさらけ出した(あるいは不本意ながら本性をさらけ出さざるをえなかった)。

give oneself away
通常はネガティブな意味。隠していたものが露わになること。「馬脚(本性)をあらわす」、「お里が知れる」、「尻尾を出す」などの意味。

「"with or without you" border」の画像検索結果

いったい主人公は何を「待っている」のか?

“you” と “she” はアクティブな他者である。もしかしたら同一人物かもしれない。逆に、どんな辛い状況でも、何かを「待っている」だけでケリをつけないのが主人公だ。だから、この歌の主題は主人公の無為(inaction)そのものだといえる。

この無為はどこから来るのか―、おそらく、このことを考えさせる歌なのである。もしかしたら、この人にとって人生とは何もせず(起こさず)「待っている」時間の経過そのものなのかもしれない。その方が幸せなのかもしれないのである。

宗教?政治?

U2のメンバーの信心深さを知っている人なら、この歌は信仰の揺らぎをうたっているのだと解釈することも可能だろう。U2のメンバーは昔所属していた教会を脱会しているそうだが、だからといって信仰まで捨てたとは言えないだろう。組織宗教を嫌い、個人の信仰に落ち着くヨーロッパ人は少なくない。おそらく白人世界でいちばん足繁く教会に通っているのはアメリカ人である。

  • “you” や “she” を教会あるいはキリスト教コミュニティだと解釈すれば、この曲は教会(コミュニティ)へのアンビバレンツな感情を吐露した歌ということになる。
  • あるいはもっと端的に、イエスがいても、イエスがいなくても生きていけないと神そのものに対する信仰の揺れを歌っているのかもしれない。

事が複雑なのはアイルランドの場合、そこへ政治が絡んでくるからだ。この曲を初めて聞いたとき、ブログ主は反射的にバリケードの映像を思い浮かべた。北アイルランドの政治状況を連想したのだ(北アイルランド問題)。

(出典:世界の歴史まっぷ)

アイルランドの苦難

地図の4つの国のうち、イングランド以外はケルト人の国だ。イングランドも元はケルト人の国だったが、ゲルマン民族大移動のとき、大陸からヴァイキングがイングランドに侵略し定住した。ところが11世紀に、別のヴァイキングの末裔のノルマン人がイングランドに攻め込み、征服する。余勢をかって隣のアイルランドまで侵略した。これがアイルランドとイングランドの悪縁の狼煙になった。

その後のアイルランドの振り回され方はひどい。文字通り苦難の歴史だ。イングランドは喧嘩両成敗なんて言えたものじゃない、一方的にひどい仕打ちを何度となく繰り返してきた。

20世紀になってアイルランドは独立したが、北の一部が勝手にイングランド側に離れていってしまい、北アイルランド紛争、IRAといえば、またかというくらいもめている。いま現在のブレクジットでもふたたびアイルランド南北の国境問題がネックになっているように、根本的には何も解決していない。南側のアイルランドとしてはEUに安定自立の希望を託したのだからEU離脱はありえない。またしてもイングランド(中心のUK)の身勝手に翻弄されているのである。

“With or WIthout You” に戻れば、主人公の無為は・・・

  • UKとアイルランド(北と南)に引き裂かれる状況が引き起こしているかもしれない。
  • 伝統的なカトリック信仰とプロテスタント信仰(イギリス国教会)に引き裂かれる状況が、何が正しく何が間違っているのか、いや正しくてもそれをかたちにできないもどかしい状況が引き起こしているのかもしれない。

そこへ教会という制度、神そのものへの疑念などがからまれば、主人公が抜き差しならない状況に落とし込まれるのは必然とも言えるのだ(後日知ったことが、ボノの父親はカトリック教徒、母親は英国国教会のプロテスタント教徒だという)。

ケルトの神々?

関連画像

ましてやアイルランドの古層にあるのはケルトの宗教(ドルイド教、Druid)であり、キリストはその信仰に背乗りしているだけに事情はさらに複雑。”she” をケルト本来の神ととらえれば、歌詞はさらに時間的奥行きを増す。

以上のような意味で、この曲は別記事「イギリスとはどこか?ブリテン?イングランド?UK?」で扱ったイギリスの成り立ちに深く関わっている曲ともいえるのだ。

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