【2018年初】マネーゴッド時代の日本人の役割

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謹賀新年

あけましておめでとうございます。本年も当サイトをよろしくお願いいたします。

せっかくの年頭ですので、今日は「ですます調」で現代潮流について思うところを述べてみたいと思います。

昨年末にかけて【語源学の旅】を通じて古代オリエント世界の歴史を扱い、一神教成立の謎を追いかけてきました。探求はまだ途中で、この話がAIへつながる気配はなかなか見えません。

一神教時代からマネーゴッド時代へ

正直、トコシエがなぜそこまで一神教にこだわるのか、「そんなことを知って何の役に立つの?」とお腹立ちかもしれません。

なんで役に立つのかは、この「姉妹サイトの記事」に書いていますので、ぜひ全文をお読みいただければと思います。その記事において、肝になるポイントを引用します。

おカネこそ現代人の宗教
おカネは現代人共通の神なのだとトコシエは考えています。いまの世界状況を見れば明らかではないでしょうか。欧米日本のいわゆる先進国グループは世界的な思潮の先端を歩んでいるはずですが、そこで一般的になっている考え方は何でしょうか?

いわゆるネオリベラリズム(新自由主義)の考え方です。政府は極力介入をせず、人々の自由意思に任せた方がよいというスタンスです(軍事や社会保障だけは生き死に直結するので別立てですが、その他のことは規制緩和あるいは規制撤廃が主流です)。

これは「自由が宗教(戒律)と政府(規制)に優越する」という考え方が受け入れられていることを示します。自由を保障するのは神の意思や政府の意思ではなく、いわゆる市場原理なのですから、自由=おカネの動きということになります。事実上、宗教と政治の敗北宣言です。聖職者も為政者(政治家と官僚)も「もう俺たちは責任取れないよ」と宣言したに等しいわけです。

そうなったのは、別に政治家や官僚が無能だからではありません。人類全体の選択の結果です。為政者が「市場に責任を転嫁する」流れは今後もどんどん当たり前になり、彼らは益々無責任になっていくでしょう。

彼らがそんなに無責任になれる背景には、平和の前提があります。人類は核兵器を持った結果、(小競り合いや代理戦争を除けば)大きな戦争をしなくなりました。別に人間が立派になったからではなく、日米欧の先進諸国が植民地主義・帝国主義競争の果てに、力づくで富を奪い取るより、ビジネスを通じて富を集める方が効率的なことに気づいたからです。

こうした現代を「マネーゴッドの時代」と呼ぶなら、マネーゴッドの時代に生きるということは、「宗教と政治がカネに覇権を譲った英語中心の世界」を生きることに他なりません。

英語とつきあう意味

「英語とつきあう」ことに意味があるのは、英語圏におカネが集まるからです。おカネが集まる場所にいる方が有利に決まっています。英語ができた方がいいに決まっているのです。でも、何度も言っていますが、知的武装をしないで語学力だけつけても自己満足で終わってしまいます。世の中のアクチュアルな動きにアンテナを貼っていないと、成功はおぼつかないでしょう。

今後、大きく世界を変えるだろう(おカネの集まる)分野は、諸科学とコンピューター科学の結合が起きる分野だと思います。たとえば、AIとiPS技術が結合すれば、遠くない将来、人間のサイボーグ(義体)化が実現するでしょう。

既成通貨へのチャレンジャーである仮想通貨にも関心を怠れません。既存の金融技術とAI技術が融合すれば、もはやキャッシュのような実体通貨は不要になるからです。

マネーゴッドの時代における日本人の役割

しかし、ここでひとつだけ考えなければいけないことがあります。このネオリベラリズムとおカネの結婚は何によってもたらされたか?その点です。

ここで古代オリエントの勉強が効いてくるのです。非常に簡略化してしまえば、人類史は以下のように流れています。

  1. 上古=自然崇拝→神概念の発生
  2. 古代=多神の並立
  3. 古代オリエント=一神教へ集約
  4. ローマ帝国=西方一神教に対するイスラム教=東方一神教の成立
  5. 東西一神教内の覇権争い→西方一神教の優位
  6. 20世紀の共産革命(疑似一神教支配)と世界戦争
  7. 戦後の一神教無効化→現代のネオリベラリズム(市場至上主義→マネーゴッド時代)
  8. AIゴッド?人間自身の神格化?

問題は、東西一神教内部では、マネーゴッド時代への意識的な覇権委譲が起きていない点にあります。東西一神教徒の頭の中にはいまだにゴッドの亡霊が生き続けており、彼らが事実上マネーゴッドに奉じている事実を認めたがらないのです。もし、このような頑迷さを保守と呼ぶなら、一神教とは地球上最大の保守派です。

そういうマインドをもった人々がAIをつくっているのです(この際、大きな文明の流れから外れている中国の問題は捨象します)。それだけでなくマネー経済を主導的に運営しているのです。ここにトコシエはあやうさを感じます。

同じことを裏返しにいうなら、そんなマネーゴッド時代に、明らかに無神論として先行している仏教、とりわけ禅宗のセンターになっている日本人の役割が軽いはずはないのです。

もちろん、東西一神教の人々は自分たちを無神論者とは思っていません。でも事実上、マネーに負けたのですから、伝統的な文脈では無神論者といっていいと考えます。

このような文脈において考えるなら、日本人こそ最も進んだ人類だと思います。日本人が「英語とつきあう」意義がおわかりいただけたでしょうか?

日本人の進むべき方向

未来を生きる術は過去に探るしかありません。伝統は追憶の中にしかないとしても、わたしたちの遺伝子の中には先祖から引き継いだ記憶がしまわれています。

日本人が一神教を選ばず、まるで現代を先取りするかのように、宗教にゆるい文化を築いてきた意味がようやく自覚され、真剣に学ばれる時代に入ったのかもしれません。

参照すべき過去の資産が、皇室はじめまだ現役で生き残っていることのアドバンテージを噛みしめながら生きていきましょう。