【語源学の旅】”money” の来歴01:インド・ヨーロッパ語族の話

2018.5.25 加筆

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語源はグーグルで簡単に調べられる

英語とつきあうとき、ボキャブラリーを増強するのに役立つのが単語のルーツを探ることだ。

Etymology ということばを覚えておこう

語源またはそれを探る語源学を “etymology” という。今後役立つので覚えておこう。
ためしに “〇〇〇 etymology” とググってみてほしい。あるいは、”〇〇〇 origin” でもいい。すぐさま相当量の情報が得られるはずだ。表示されるリンクや画像タブは辞書だけではない。興味のある記事を読んでみよう。自宅に居ながらにして知的トラベルが楽しめる。
例えば、ブラウザで “money etymology” で検索するとトップに以下のようなスニプペットが表示される。これだけで相当なことがわかる。
money
ˈmʌni/
noun
語源
Middle English: from Old French moneie, from Latin moneta ‘mint, money’, originally a title of the goddess Juno, in whose temple in Rome money was minted.
moneyのルーツがフランス語経由のラテン語であることがわかる。なるほどローマ帝国か、ということになる。
語源学のメリットは辞書的なものだけではない。副産物が大きいのだ。その単語にまつわる歴史を学ぶことは結局、関係する人間の思想や行動、彼らの土地の結びつきを知ることにつながる。ときには思わぬ発見をして、どんどん脇道へ逸れていくのだが、それはそれで楽しい。

語源調べの実例:関連ボキャ拡充と歴史探索(2018.5.25加筆)

語源探求の鍵となるのが語根(root)だ。語根は単語が属しているファミリーを束ねる親みたいなものだ。同じ語根から派生した単語は同じ概念を共有しているのだ。
英語はインド・ヨーロッパ語族(Indo-European language family、印欧語族とも)のゲルマン諸語のサブグループに属すから、東はヒンドゥー語、ペルシャ語から、西はギリシャ語、イタリア語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、オランダ語、スカンディナビア諸語まで実に多くの仲間をもっている。
https://www.britannica.com/topic/Indo-European-languages
語源サイトでよく出てくる、”PIE” というのは “Proto Indo-European” の略語で、現在のインド・ヨーロッパ諸語の共通ルーツに相当する古い祖語(印欧祖語)を意味する。祖語から最も基本的な意味が出てきているという意味だ。
たとえば、インドとイランの古い神々はdevaグループとasuraグループに分かれていたのだが、何が違うのか?語源を調べてみよう。

デーヴァ(deva)神族

“deva etymology” とググると、トップに以下のサイトページが出てくる。

“god, good spirit” in Hindu religion, from Sanskrit deva “a god,” originally “a shining one,” from *div- “to shine,” thus cognate with Greek dios “divine” and Zeus, and Latin deus “god” (Old Latin deivos), from PIE root *dyeu- “to shine,” in derivatives “sky, heaven, god.”
とあって、次のことがわかる。
  • 「神」それも「良き霊」というのが基本の意味。
  • サンスクリット語の語根*div-(アスタリスクは語根の意味)は「輝く」の意味で、ギリシャ語のdios、Zeusやラテン語のdeusと同根である。
  • 印欧祖語の語根(PIEルート)*dyeu-も「輝く」の意味だが、派生的意味として「空、天」がある。

アスラ(asura)神族

一方、etymonlineサイトに”asura”のエントリーはない。そこで餅は餅屋でhindupediaサイトのお世話になろう。
Monier-Williams traces the etymological roots of Asura (असुर) to Asu (असु), which refers to life of the spiritual world or departed spirits.
モニエル=ウィリアムズは19世紀のサンスクリット語の権威。彼によれば、auraの語源は “asu” は霊的世界の生命、分離した霊魂を意味するという。
In the oldest verses of the Samhita layer of Vedic texts, the Asuras are any spiritual, divine beings including those with good or bad intentions and constructive or destructive inclinations or nature.
In later verses of the Samhita layer of Vedic texts, Monier Williams states the Asuras are “evil spirits, demon and opponent of the gods”. Asuras connote the chaos-creating evil, in Hindu and Persian (Arians) mythology about the battle between the good and evil.
最古のヴェーダ文献(リグ・ヴェーダ)では良性、悪性双方の霊格をアスラと呼んでいたが、時代が下がると、アスラは「神に対立する悪霊、デーモン」に転化していった。
概念は連想を生んで広がっていく。ときには他の語根と結びついて新しい意味を紡ぎ出す。言語というのは人間の知的進化の痕跡でもあるのだ。善と悪が戦うヒンドゥー・ペルシャ(アーリア)神話においては、混沌を作り出す悪魔を暗示している。

以上から、devaは一貫してポジティブな神概念だが、asuraは時代の変遷とともに悪魔やデーモンの地位に貶められたという違いがわかる。

インド・ヨーロッパ語族の東西分離

これだけの勉強から、実は後世の歴史に大きな影響を与えた重要な情報がもたらされている。インド・ヨーロッパ語族(いわゆるアーリア人)は、元々コーカサス山地北方のカスピ海沿岸辺りの草原にいた。それがおそらくはBC2000年頃の気候変動のため、東西へ移住し始める。
東へ向かったインド・イラン人は主に中央アジア、イラン高原、インド亜大陸に定住していく。西に向かった諸族はバルカン半島、地中海沿岸、イベリア半島、ヨーロッパ大陸内陸部、ブリテン諸島などでいわゆるヨーロッパ人の先祖になっていく。移動を始めたのは、おそらく大きな気候変動のせいだと考えられている。

神々の反目

東へ向かったインド・イラン人は当初、生活や信仰を共有していたが、何か決定的な反目があって別々の歴史を歩みだす。上で説明したdevaとasuraの違いは、おそらくこの歴史に根差している。
Brooklyn Museum - The Devi defeats Mahasura Folio from a Dispersed Devi Mahatmya Series

インドのプラーヤ文献「デーヴィー・マーハートミャ」(Devi Mahatmya)に描かれているデーヴァとアスラの戦い

神と悪魔は仲違いの痕跡であり、悪魔(devil、明らかにdevaからつくられたことばだろう)念のルーツは「元々は良性だったが堕落した神」であり、デーモン(demon)とは悪魔の眷属(家来)だという歴史背景が浮かび上がってくる。これがヒンドゥー教や仏教(大乗仏教)、ゾロアスター教を介してユダヤ教やキリスト教へ入っていく。

悪魔・デーモン・天使

以上のdevaとasuraに関する説明はインド側の視点であり、イラン側の視点では神々の位置づけは逆となる。サンスクリット語(Sanskrit)のdevaはアヴェスター語(Avesta、古いペルシャ語)でdaevaとなり、asuraはahuraとなる。
イラン宗教では、ダエーワ(daeva)といえば悪神の代名詞だ。それに対してアフラ(ahura)は、ゾロアスター教の最高神アフラ・マズダー(Ahura Mazda)の神名の核となっていることからわかるように善神の代表なのだ。
ついでにいってしまえば、ユダヤ教やキリスト教はひとつの神しか認めないから、唯一神にはインドのdeva(イランのahura)の属性が習合していくことになるが、そのとき異教徒(諸民族)の神々は別に悪神でなくても悪魔(サタン)かデーモンに降格された。困ったのは(ユダヤ教まわりに)ヤハウェ以外にもたくさんいた善神の扱いだ。無下に扱うわけにはいかない。そこで重要な善神をピックアップして、天使(angel)というグループをつくったのである。

アーリア人の宗教観から発生した善悪対立

このようにアーリア神話を起源に持つ善悪対立の宗教観では以下のような対応関係ができる。
                 善   悪
主人格:  God   Evil(Satan)
家来格:  angels demons
インド:  devas  aruras
イラン:  ahuras   daewas
基本概念: 光        闇
宗教の話題は深入りするときりがないのでこの辺でやめておくが、語源調べひとつで勉強の間口が広がることはわかっていただけると思う。

お金をめぐる旅のはじまり

お金は英語で “money” だ。この単語のルーツがずっと気になっていた。親戚のドイツ語、オランダ語ではともに “geld” 。ここから来たのではないだろう。
ピンと来た。
思ったよりラテンな英語なんだからフランス語に違いない!
・・・そう思って調べてみるとフランス語では “argent”・・・
はぁ?
全然違うじゃん。これはフランス語のシルバーに相当する単語らしい。日本語でゴールドじゃないのに金というのと同じか。・・・がっかりしていると、それに続けて “monnaie” ともいう、とある。似てる!これだ!
wiki先生によれば、来歴は次の通りだ。

The word “money” is believed to originate from a temple of Juno,
on Capitoline, one of Rome’s seven hills.
In the ancient world Juno was often associated with money.
The temple of Juno Moneta at Rome was the place where the mint of
Ancient Rome was located.

なるほどローマ神話か。そういえばイギリスは古代ローマ帝国の一部だったんだと思い当たる。上の説明に沿って日本語で説明しておこう。

ユーノー・モネータの神殿(Temple of Juno Moneta)

ユーノー(Juno)はカピトリヌス三神の一柱。ローマのカピトリーノの丘(Capitoline hills)にはユーピテル、ユーノー、ミネルウァを祀る神殿があった。ユーノーは最高神ユーピテルの妻で、ミネルヴァと並び最高女神。様々な添え名を持つのだという。
ユーノー・モネータも添え名のひとつで、”moneta” は忠告を意味するラテン語動詞 “monere” から派生。ガリア人がローマ侵入を企てた際、神殿で飼われていたガチョウをそれを “警告” して難を逃れたという逸話にもとづく。

以後ローマの守護神として崇められ、紀元前345年に建設されたユーノー・モネータの神殿では、数世紀にわたり貨幣の鋳造が行われることになる。そこから、お金を意味する “money”、鋳造所を意味する “mint” の語源となる。denario-juno-moneta.jpg

以上が語源に関する説明だ。歴史的にはモネータの神殿に鋳造所があったのがマネーの由来ということになるが、言語学的な来歴は “monere=to warn” から来るという。
お金と警告って?・・・どうも釈然としない。
そこで少し深入りをしてみる。ラテン語動詞の “monere” について調べるわけだ。

Money is a monster?

調べていると、”monere” から派生した “monstrum” が英語の “monster” になったと知ることになる。
マネーが怪物?まあ当たらずといえども遠からずな感じだが、両者は直ちにつながるものではないらしい。これは古代人の世界観に由来する話なのだ。彼らは不吉なことや大きな災厄などが起こる前には、自然にはありえない怪物がやってくると信じていた。
ギリシャ神話では、それはケンタウロス(半人半馬の怪物)であり、グリフィン(ワシの頭と翼を持ち胴体がライオンの怪物)であり、スフィンクス(頭が女性で翼を持ち座った姿勢のライオン)であった。
Centaur.jpg

ケンタウロス(centauros)

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グリフィン(griffin)

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スフィンクス(sphinx)

そうした魔物は破壊や混乱の前兆なのだ。警告(to warn)なのである。ここから警告する不気味なものとして “monstrum” が生まれた。

古代ローマ人はギリシャの影響を強く受けている。異変があると騒ぎ立てるガチョウを番犬代わりに飼っていた。モネータの神殿でも飼っていたのだ。それが先ほどの逸話になる。マネーは “警告” に守られた安全な場所で作られるものだったのである。
・・・ところが、これで一件落着とならないのだ。”moneta” ということばは叙事詩『オデッセイ』がラテン語に翻訳されたとき、ギリシャ語のムネモシュネ(Mnēmosynē)という “記憶” を意味することばから生まれたという・・・。
この後の展開については次回に譲りたい。