【語源学の旅】”money” の来歴01:グーグル検索だけでも可能!語源・語根PIEの探索

2019-02-05お金の話, 宗教, 歴史, 語源学, 貨幣論・歴史

英語の語彙(lexicon)の大半は(1)先祖であるゲルマン諸語を基礎とし、(2)征服者ノルマン人が使っていたフランス語やフランス語の大元であるラテン語、さらには(3)ラテン語が借用したギリシャ語を語源とする。驚くことに(2)と(3)で6割を占めている。

英語はいまのリンガ・フランカ(国際語)になるずっと前から、国際的な影響を受けてきた。したがってある単語の来歴、語源を知るだけで、ヨーロッパの歴史の流れを知り、ことばに対する理解の深さが厚みを増すのだ。

関連記事【英語の歴史】英語は思ったよりラテンなゲルマン系言語

今回は論より証拠、3回に分けて money の語源を探る語源学の旅に出てみたいと思う。初回はデーヴァの語源からインド・イランの善い神様、悪い神様の由来を探る。

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語源はグーグルで簡単に調べられる

検索窓に “etymology xxx” と打って検索する

語源またはそれを探る語源学を “etymology” という。まずこれを覚えておこう。代替肢として “origin” でもOKだ。

“etymology money” でググってみる。あるいは、”origin money” でもいい。

相当量の情報が表示される。上の方にはオンラインの語源辞書や事典サイトが並ぶ。その下には “money” の語源に関する記事が表示される。興味のある記事にアクセスすれば、新しい情報に出会えるだろう。

スニペットの情報

ものは試し。実際にやってみよう。ブラウザの窓に “etymology money” と打って検索する。そうするとトップに以下のようなスニペット(snippet、説明文を表示する枠)が表示される。

money
ˈmʌni/
noun
語源
Middle English: from Old French moneie, from Latin moneta ‘mint, money’, originally a title of the goddess Juno, in whose temple in Rome money was minted.

スニペット情報のまとめ

以上から基本的に以下がわかる。

  • “money” は直接は古フランス語の “moneie” から英語に入った。
  • “moneie” はラテン語 “moneta” から来ている。
  • “moneta” とはユーノー神の尊称のひとつで、ユーノー神殿でローマ硬貨が鋳造されていた故事にちなむ。
世界史の授業を思い出そう。ローマ帝国は古代ヨーロッパの中心。未開のヨーロッパから見れば文明の源だ。お金も例外ではなかったのだ。

語根を利用した関連ボキャ拡充と歴史探索

(2018.5.25加筆)語源学のメリットは辞書的なものだけではない。単語の来歴を知ると、人や出来事と結びついて単語のイメージができ、意味を忘れにくくなるのだ。語源探求の鍵となるのが語根(root)だ。語根は単語が属しているファミリーを束ねる親みたいなものだ。同じ語根から派生した単語は同じ概念を共有しているのだ。

英語はインド・ヨーロッパ語族(Indo-European language family、印欧語族とも)のゲルマン諸語のサブグループに属すから、東はヒンドゥー語、ペルシャ語から、西はギリシャ語、イタリア語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、オランダ語、スカンディナビア諸語まで実に多くの仲間をもっている。

https://www.britannica.com/topic/Indo-European-languages

語根PIE: Proto Indo-European

語源サイトでよく出てくる、”PIE” というのは “Proto Indo-European” の略語で、現在のインド・ヨーロッパ諸語の共通ルーツに相当する古い祖語(印欧祖語)を意味する。祖語はあることばの最も基本的な意味素であり、他のことばを派生させているのである。

サンスクリット語のデーヴァ(deva)

例えば、古代宗教において神を表す代表的なことばのデーヴァ(deva)について調べてみよう。デーヴァはインド・イラン方面へ移動したインド・イラン系アーリア人の使っていたことばだ。”deva etymology” でググるとトップに以下のサイトページが出てくる。

“god, good spirit” in Hindu religion, from Sanskrit deva “a god,” originally “a shining one,” from *div- “to shine,” thus cognate with Greek dios “divine” and Zeus, and Latin deus “god” (Old Latin deivos), from PIE root *dyeu- “to shine,” in derivatives “sky, heaven, god.”

次のことがわかる。

  • ヒンドゥ教で「神」「善霊」を意味するが、元の意味は「輝く者」。
  • サンスクリット語の語根*div-(アスタリスクは語根の意味)は「輝く」の意味で、ギリシャ語のdiosとZeus、ラテン語のdeusと同根である。
  • インド・ヨーロッパ祖語の語根(PIEルート)*dyeu-も「輝く」の意味だが、そこから「空、天、神」の意味が派生した。

「輝く」と言えば太陽であり、インド・イラン系アーリア人がどうやら空を見ながら生活する遊牧民であったことが想像される。

対語のアスラ(asura)

一方、インド最古のヴェーダ文献にも登場する類似のことばにアスラ(aura)がある。アスラについてはetymonlineサイトをググってもヒットしない。そこで餅は餅屋、ヒンドゥ教関連の辞書サイトhindupediaのお世話になろう。

Monier-Williams traces the etymological roots of Asura (असुर) to Asu (असु), which refers to life of the spiritual world or departed spirits.

モニエル=ウィリアムズ(19世紀のサンスクリット語権威)は、auraの語源を “asu” に遡る。”asu” は霊的世界の生命、あるいは亡くなった者の霊魂を意味する。

In the oldest verses of the Samhita layer of Vedic texts, the Asuras are any spiritual, divine beings including those with good or bad intentions and constructive or destructive inclinations or nature.
In later verses of the Samhita layer of Vedic texts, Monier Williams states the Asuras are “evil spirits, demon and opponent of the gods”. Asuras connote the chaos-creating evil, in Hindu and Persian (Arians) mythology about the battle between the good and evil.

ヴェーダ文献(最古層のリグ・ヴェーダ)においてアスラは良性・悪性双方の意思を持つ霊格を意味する。ときに建設的、ときに破壊的な役割を果たす。

ウィリアムズによると、新しい時代のヴェーダにおけるアスラは「悪霊、デーモン、神の敵」の意味に転じた。ヒンドゥー神話・ペルシャ(アーリア)神話に描かれる善と悪の戦いにおいて、アスラは「混沌を作り出す悪魔」を暗示している。

アスラも宗教的概念として使われていたようだ。しかしデーヴァが一貫して悪い意味を持たないのに対して、アスラの指し示す内容は両義的で揺れ動いている。これはどういうことだろうか?さらに調べを進めてみる。

気候変動とインド・イラン系アーリア人の分離

インド・イラン系アーリア人はどこから来たのか?

クルガン仮説

現在有力とされるクルガン仮説によると、インド・イラン系アーリア人を含むインド・ヨーロッパ語族の人々は、コーカサス山地北方の草原地帯に暮らしていたそうだ。それが気候変動の影響だろうか東西に分かれて移動を始める。東へ向かったインド・イラン系アーリア人は中央アジアを経てイラン高原とインド亜大陸に定住していった。西に向かった諸族は地中海沿岸からバルト家沿岸にかけてのヨーロッパ各地へ進出し、ヨーロッパ人の先祖になった。

Indo-European Migrations. Source David Anthony (2007), The Horse, The Wheel and Language.jpg

イラン高原とインド亜大陸への分離

東へ向かったインド・イラン系アーリア人は当初、生活や信仰を共有していたが、BC1500年前後に地球規模の寒冷化・砂漠化により別々の行動をとったようだ。イラン系アーリア人は砂漠地帯に定住したが、インド系アーリア人は緑の森の残されたインダス河中上流域へ進出する。なぜ下流域でなかったと言えば、ものすごい勢いで乾燥化していたためだ。この時代の乾燥化は中東全域を砂漠化し、アフリカのサハラ砂漠を作り出すほどにすさまじかったのだ。

文献学的にはインド・アーリア人がインダス河へ進出していく過程でアスラの意味に変化が起きていく。ヴェーダ文献は詩人による神の讃歌だから、あらゆる事象や現象が宗教的に表現される。

アスラの意味の変化

インド・アーリア人は当初、大いなる自然現象や災害、あるいは一族の偉大なリーダーあるいは仲間内で敵になったリーダーなどをアスラと呼んでいた。それは人を指すときも、自然に託した神を指すこともあった。

しかしアーリア人以外の原住民の土地を侵略し始めると、アスラの意味が原住民のリーダーや戦いなど悪いものの表象に変わる。デーヴァはつねに彼らの天なる神のことだが、アスラは地上で争う者たちの形象だから変化したのだろう。

最終的にアーリア人が支配階級になり、ヴァルナ・ジャーティ制(カースト)が確立する時代になると、アスラからは良い意味がなくなり、もっぱら悪い意味が定着(=身分制が確立)していったのである。

Brooklyn Museum - The Devi defeats Mahasura Folio from a Dispersed Devi Mahatmya Series
インドのプラーヤ文献『デーヴィー・マーハートミャ』(Devi Mahatmya)に描かれているデーヴァとアスラの戦い

イランのアフラとダエーワ

アスラに対応するイラン・アーリア人のことばはアフラ(ahura)だが、こちらには意味の揺らぎが現れない。おそらく砂漠の民にとってアフラが表象する自然現象は変わらず崇拝の対象であり続けたのだろう。昼夜の寒暖差のある砂漠地帯では「火」と「水」は命綱だ。逆に身を隠しようがない「雷」などは邪悪なものでしかない。雷神インドラと、インドラととともに歌われてきたダエーワが悪神になったとしてもおかしくないだろう。インドのデーヴァは「輝ける空の神」だったが、イランでは逆にアフラの仲間であるミトラとヴァルナの両神に太陽や火や水の属性を担わせていく。

ザラスシュトラの革命的世界観

ところが預言者ザラスシュトラが現れると宗教世界に画期的な世界観の刷新がもたらされる。彼はアフラを最高神に祀り上げ、新たにアフラ・マズダーという神格を想像するとともに、既存の世界とはまったく独立した別の世界を設定し、ダエーワがそちらを仕切っていることにしたからだ。同じ地平で相争うのではなく、別々の世界にいて交わった瞬間だけ戦い続ける。

善が悪の領域と切り離されたことは、善神の世界を外部から独立させる可能になったことを意味する。後にゾロアスター教がペルシャ帝国の公式宗教になったとき、ペルシャ本体は外部の属国から切り離され聖域化されたはずだ。善なるペルシャは外部の悪魔が逆らえば躊躇なく弾圧っできる。ゾロアスター教は帝国の統治を正当化するイデオロギーとしても画期的だったのではないか。そしてゾロアスター教は、神官階級のマギを通じてバビロンに捕囚されていたユダヤ人と接触することになる。

以上を整理すると次のようになる。

  • インドのサンスクリット語(Sanskrit)のdeva(デーヴァ)はイランのアヴェスター語(Avesta、古いペルシャ語)でdaeva(ダエーワ)となり、asura(アスラ、阿修羅の語源)はahura(アフラ)となる。
  • インドではアーリア人の入植が進むにつれ、アスラが悪い神(被征服民の神々や王)の意味として定着した。
  • イランではアフラ(ahura)の元の意味はアスラと同じなので変化しなかった。その代り砂漠の民にとって敵対的な雷などの自然現象をダエーワ(daeva)として悪神に仕立てていった(おそらく別の原因もあると思うが、いまは煩雑になるので扱わない)。
  • ゾロアスター教が宗教の世界を塗り替えた。悪神と独立して存在可能になった善神=帝国は、気に入らないものを外部へ排除できる大義名分を手に入れた。

ユダヤ教への影響

バビロンに捕囚されていたユダヤ人はイスラエル滅亡をヤハウェの天罰と考えていたが、ゾロアスター教の善悪二元論、特に悪魔の概念には目からウロコが落ちたのではないあ。人間が悪いのではなく悪魔という存在が悪いのだという発想は彼らになかったからだ。ゾロアスター教のアフラ・マズダー(善神)とアーリマン(悪神)の対決を、ヤハウェとサタン(悪魔)の対決に置き換えれば、人間(ユダヤ人)の罪が免除されるではないか!

この瞬間、一神教信仰に他者(在来の神を信仰する民族やユダヤ教内の異端)を迫害する動機が芽生える。ヤハウェの恵みを独占し、気に入らない者はすべて悪魔として弾圧すればいいのだ。悪魔(satan)には首領(devil)と眷属(demon)ができる。

困ったのはユダヤコミュニティ内部で拝まれていた多くの在来神の扱いだ。そこで在来神を救済するために天使(angel)というグループを創作したのではないか。これもゾロアスター教からの輸入概念なのだが、大いにありえる話である。

ユダヤ教の悪魔輸入とその後の世界史への影響

少し風呂敷を広げ過ぎたきらいがある。でもザラスシュトラの善神と悪神の二元対立というコンセプトは革命的だったことは確かだ。それがユダヤ一神教へ取り込まれることで、世界史はある種の化学反応を起こしたかのようだ。この悪魔との出会いが後世の世界史に及ぼした影響は計り知れない。

下表のようにユダヤ・キリスト教の主要モチーフはゾロアスター教に先取りされている。そのことを知るだけでも、この記事を読む価値はあると思う。

インド deva asura
イラン ahura daewa
ゾロアスター教 Ahra Mazda(絶対善の創造神) Angra Maiyu(Ahriman、絶対悪の創造神)
家来格 Aməsa Spenta(Ahra Mazdaの7つの属性)
Spenta Maiyu、Asaなど。
Azi Dahaka、Drujなど
ユダヤ・キリスト教 God Devil、Satan
家来格 Angels Demons
基本概念

宗教の話題は深入りするときりがないのでこの辺でお開きにしよう。でも語源調べひとつ、語根調べひとつで勉強の裾野は広がってくことがわかっていただけたと思う。

関連記事

善悪二元対立、悪魔、サタンなどについては以下の関連記事にも書いている。

 

次回記事「お金の神様はローマの女神ユーノー」では、”money” のルーツとなったローマの女神ユーノーについて調べてみよう。

 

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