【語源学の旅】古代オリエントとヘブライ的思考

2018-01-11宗教, 文明文化の話, 歴史, 語源学

マネーの起源の探求に始まった語源学の旅は、capitalの一語を媒介にして古代の雄牛信仰に出会った。今回からは古代オリエント世界、その中で知識が不足しがちなインド・イラン系の宗教に注目していきたい。

 これまでのまとめ:雄牛信仰から資本主義へ

マネーの起源の探求に始まった語源学の旅は、capitalの一語を媒介にして古代の雄牛信仰に出会った。雄牛はその有用性と貴重性から聖なる存在として崇められた。

雄牛は誰もが欲しがる資源なので富の象徴となり、牧畜や農耕を支える労働力なので力の象徴ともなった。そして奪い合いが起きたのだろう。牛を制する者が王となり、権力の象徴となる。

やがて雄牛にこめられた富と力のシンボリズムは、一神教という普遍・超越を志向する宗教の浸透によって次第に抽象化され、貨幣と武力の概念に集約されていった。

牛=資本崇拝がグローバル化を促した

つまり、雄牛信仰に起源を発する古い宗教意識は、一神教信仰の普遍・超越指向を媒介として現代に至る資本概念へと発展していったというわけである。

富と力の概念が融合したところに資本の概念が形成されると、大航海時代以降の拡張主義を支える原動力として活用される。帝国主義と植民地主義はその副産物であった。

資本主義の血液である貨幣は、雄牛の富と力を抽象化した媒体なのだ(ここでいう血液は単なる比喩ではない。たとえば、ミトラ教の雄牛供犠においては雄牛が屠られ、その血液が飲まれたのである)。もちろん貨幣の起源は単一ではないだろうが、雄牛信仰が重要な役割を果たしたことは語源が示す通りである。

随分先回りしてしまったが、資本の概念の形成とそれを世界大へ拡大する一神教の普遍意識の形成までには気の遠くなるような長い時間が必要だった。

せっかくここまで来たので焦らず、古代の世界を探求していこう。次のお題は、アブラハムの宗教に先駆けたインド・イラン系の宗教になるのだが、それを扱うには古代オリエント世界を概観しておいた方がいいだろう。

古代オリエントを知らないと現代が理解できない

古代オリエント(Ancient Orient)は文明の発祥地だ。地域的にはメソポタミア(イラン、イラク)、小アジア(アラブ諸国、トルコ)、エジプト、ギリシャ、ローマ(イタリア)など環地中海の広大な領域を含む。

このうち他領域からの民族進出が少なく長期安定して続いた文明はエジプトのみで、他の地域では、セム語族とインド=ヨーロッパ語族が入り乱れて興亡を繰り返した。

オリエント世界における興亡はギリシャ、ローマ帝国を通じて欧州大陸やブリテン島へ及び、その後、欧州人の世界進出に伴い、アフリカ、南中北米、アジア、オセアニアと全地球規模へ拡大していく。

当時のオリエント世界の認識では、インドが東限である。中央アジアからモンゴル、中国、極東の朝鮮、日本、東南アジアはまったく異なる発展経路を辿る。

シュメール文明

書かれた記録が残っているという意味で世界最古の文明はシュメール(Sumere)だ。しかし現代に至る影響力という観点から、特に注目すべきはセム語族(Semite)の宗教とインド=ヨーロッパ語族の宗教である。前者の代表がユダヤ教、キリスト教、イスラム教であり、後者の代表がゾロアスター教、仏教、ヒンドゥー教である。ここに挙げた諸教の信徒のみで地球人口の7割以上を占めると言われる。

これから話題にしたい古代イランの宗教はミトラ教(Mithraism)とゾロアスター教(Zoroastrianism)に代表される。インド=ヨーロッパ語族のイラン人が興した宗教である。語源的に言うと、イランという単語はインド・イラン古語の arya- から来ていると言われ、その意味は “compatriot” (同胞)である。同じ語根から、Arya という単語が派生し、アーリア人(Aryan)の語源になっている。

Iran
from Old Iranian *arya- (Old Persian ariya-, Avestan airya-) “Iranian”, from Indo-Iranian *arya- or *ārya-, a self-designation, perhaps meaning “compatriot” (see Aryan).

アーリア人という危険ターム

アーリア人ということばの使用には慎重になる必要がある。海外で、あるいは日本で外国人に使うときは特に気をつけよう。生々しい黒歴史があるからだ。

セム語族ではないのにセム語系の宗教(キリスト教)を採用したせいか、欧州白人種のこころの底には(現在は主にイスラム教に奉じている)セム語族に対する対抗心やコンプレックスがわだかまっている。西欧諸国が絶頂期を迎えた19世紀後半から20世紀前半には、アーリア人という概念こそ最優秀民族の象徴だとされた。例えば、そうとは明言しないが、欧米人がシュメールより古い文明を文明と認めないのは、シュメール人がアーリア系民族だと推定されているからだ。

優越意識が差別に転化した極端な事例が、ヒトラーの唱えたゲルマン民族を頂点とするアーリア人優越思想、ならびにそれを口実としたユダヤ人虐殺である。

このようにアーリア人ということばには政治や人種問題がこびりついている。本サイトでも極力、インド=ヨーロッパ語族という言い方をしたいと思う。とはいえ、アーリア人と言わないからと言って人間の複雑な感情が消えてなくなるはずがない。ちょうどいま世界を騒がせているトランプ政権のエルサレム認定問題はその好例だ。

セム語族とインド=ヨーロッパ語族の間の反目感情は何かのきかっけですぐ再燃する。世界の基本構図は数千年間あまり変わっていないのである。

アメリカの歴史オンチが事態を紛糾させている

20世紀に入ると、イギリスとフランスとロシアが中東地域へ干渉し始めたので(背後には石油利権)、事態は余計にこんがらがってしまった。アメリカには当初介入する理由がなかったにもかかわらず、イスラエル問題がこじれてイギリスがさじを投げたところへ「あとは引き受けた」と言わんばかりに首を突っ込んでいった(背後にはシオニストと呼ばれるユダヤ系アメリカ人の支援があったと思われる)。そして泥沼にはまった。

表のイメージとは裏腹に、アメリカは宗教的にもっとも保守的で原理主義的な国だ。世界一歴史に疎いとも言えるし、若い国であるがゆえに他国の複雑な民族感情がわからず、民主主義と自由を葵のご紋だと勘違いしている。そんな彼らが出て行っても事態はこじれるだけで一向に解決しないのである。湾岸戦争もそうだし、せっかくオバマ政権で対イラン宥和へ動いたところへちゃぶ台返しをしている現在も同じである。

世界史の参照材料として古代イランへの理解が不足している

以上のように、セム語族vsインド=ヨーロッパ語族は今も昔も世界史の焦点である。お互いが別個に発展したから反目しているのではなく、お互いに影響し合っているからそうなっているのである。

今回、古代イランの宗教世界を扱うのは、にもかかわらず、キリスト教をはじめとするセム語族の宗教ばかりにスポットライトが当たり、インド=ヨーロッパ語族の宗教の源流としてある古代イラン由来の宗教がほとんど顧みられないからである。

ミトラ教やゾロアスター教を無視していては、ユダヤ教やキリスト教の本当のところがわからない。いわゆる白人がみずからのアイデンティティを作り上げていったか、よくわからない。最初から普遍的な神という概念が存在したのではなく、古代オリエント世界におけるインド・イラン系とセム系の長い交渉によって形成されていったのだ。

イランとインドの別れ

同じ流れの分派にはインドの宗教も存在する。インドは、一般に思われているよりはるかに深くイランと言語や宗教を共有している。しかしある時点で喧嘩別れをした。

以来インドは巨大な離れ小島のように、干渉は受けつつ外へ出ていくことの少ない国となった。ここで扱っている一神教世界を中心とする世界史の流れとはある種隔絶している。なのでいまは扱わないだけである。

今回はミトラやゾロアスターに入る前提知識として、セム語族の宗教の流れを概観していこう。

古代メソポタミアから生まれた共通神バールとその変形としてのヤハウェ

BC6000年頃、メソポタミアの地にハラフ朝(Halaf)が出来る。ハラフの文化はBC5300年頃、メソポタミア南部より来たウバイド人(Ubaid)に継承される。

BC3500年頃、そこへシュメール人が進出し、ウバイド人を同化もしくは追い払う(ウバイド人の離散先は現在も不明)。シュメール人の下、人類初と呼ばれる都市型文明が栄える(ハンムラビ法典、ギルガメシュ叙事詩)。ただしこれは(自己優越を暗黙の前提とする)西洋史観による断定であり、ハラフやウバイドに関する研究は今後重要性を増すかもしれない。

シュメールとセム語族の神の出会い

BC3000年頃、メソポタミア周辺にアラブ系諸部族とセム族が進出し、この人たちの神とシュメール人の神が融合し、セム族の神となる。

セム族の神は部族によって名称は異なるが、最も代表的な神格がバール神(Baal、バアル神とも)であり、後にユダヤ教の旧約聖書において代表的な異端の神、すなわちユダヤの敵として登場することになる(右写真)。

バール神はパレスチナ・シリア方面に拡大していったが、この時代パレスチナ地方へ進出してきた同じセム族のヘブライ部族は、同じ神格をヤハウェ(Yahweh)と呼んで差別化し始める。バール神との混同を避け、ヘブライの独自性を打ち出すために、神を固有名で呼ぶことを禁じる。ヤハウェの「名前を秘す」伝統が形成され、後の歴史にも尾を引くことになる。

固有名を持たないためヤハウェ神は抽象化し、それを受け入れる人々によっていかようにも名付け可能な、便利なフォルダーのような存在になっていく。これは後の宗教史の展開を考えるとき重大な選択であった。土着のローカル神から普遍神になる容器が用意されたからである。

土着性からの遊離というユダヤの選択

バールとヤハウェに分化した原初の神に本来共通するのは「豊穣のめぐみ」への感謝と祈りである。土着性を基盤とした信仰心だ。ところが、ヘブライ部族(後のユダヤ人)のみは痩せた貧しい土地の出身だったせいか、豊穣のめぐみを「いつか豊かな土地が神から与えられる」と置き換えた。神と人間の約束である。このとき約束された土地が、現代の最大紛争地もいえるパレスチナ地方のカナン(Canaan)である。

ユダヤ人は神との約束にこだわる人たちである。神と契約している以上、神が定めた律法(Torah)を重んじる。出自(土着性)とは無関係に、どこへ行っても同じ法を守れば、ユダヤ人でいられる。

この土着性からの遊離こそ、後のコスモポリタニズム、グローバリズムにつながる思想の萌芽だと言える。それは土地に縛られないがゆえに移動自由だが、行く先々でその土地土地の土着性(ナショナリズム)とぶつかる。いまに至るもそうである。

ユダヤ教の成立とゾロアスター教の影響

BC597年、新バビロニア王国に反抗したユダヤ人のエルサレムが陥落、ユダヤ人は捕囚としてバビロニアに連行される(Babylonian captivity/exile)。バビロンでの捕囚生活が長期化すると、次第にバビロニアの文化に影響を受け始めたユダヤ人は、民族アイデンティティの喪失に深刻な危機感を抱くようになる。そして宗教者を中心に、故地エルサレムの街や神殿ではなく、律法(神との契約)遵守による精神的紐帯を重んじる方向へ舵を切る。

この際、バビロニア神話への対抗心から、自分たちのローカル神に過ぎなかったヤハウェの神を、全世界を創造した唯一無二の神と見なすようになる。唯一神概念の誕生である。

BC537年、アケメネス朝ペルシャのキュロス2世が新バビロニアを滅ぼし、ユダヤ人はエルサレムへの帰還を許される。しかし社会的にはペルシャに支配下に入ったため、ペルシャの国教であったゾロアスター教の影響をより強く受け、ユダヤ教はローカル宗教から普遍宗教へと変質していく(ゾロアスター教はバビロニアにも浸透していたと言われる)。

この時代、それまで祭祀の中心勢力だったサドカイ派(Sadducee)に変わる新興勢力として台頭したのがパリサイ派(Pharisee)である。彼らは「天使」、「復活」、「最後の審判」など、伝統的なユダヤ教には存在しない考え方を持っていたが、その大半はゾロアスター教に由来すると考えられる。そしてこの点こそ、一般的には語られないサドカイ派とパリサイ派の対立の根源だった可能性がある(よくある保革対立とも言える)。

イエスの誕生とヤハウェの変質

このような時代、パリサイ派への反抗児として出現したのがイエス・キリストである。すでに約束の地に帰還したユダヤ人にとって、ヤハウェの救済対象はカナンであるという従来の信仰は意味を失っていた。そこへイエスは「死後の、平安な神の国への再生」という思想を打ち出したのである。ここにも「磔→再生→昇天」の発想をミトラ教から引き継いだゾロアスター教の影響が反映しているのではないか。

イエスの功績は、厳格な戒律の神たる伝統的なヤハウェを、「平安な神の国」への生まれ変わりを見守ってくれる守護的なソフトな神へと変質させた点にあると言えるだろう(峻厳な神→慈しみ深き神)。キリスト教が将来大量の信者を獲得していくうえで、このような寛容性は大きな役割を果たしたと考えられるからだ。

ヤハウェの欧州展開と西欧ゲルマンへの変質

メソポタミアに端を発した共通神は、エルサレムにおいてゾロアスター的なヤハウェに姿を変え、ギリシャ・ローマへ伝わると、もう一段変貌を遂げていく。ローマは帝国である。帝国を統治するには「豊かなめぐみ」よりも「すべてを統べる神」が要請される。中東の「生活の神」は大帝国の「国家・社会制度の神」への大変貌を余儀なくされたのである。

さらに時代が進むと、北方からゲルマン人がローマ帝国領だった西欧地域へ進出してくる。ゲルマン民族においてヤハウェは「ゲルマン=西欧人の神」に変化していく。北欧神話などに由来する習俗や考え方が中東の神格に流れ込んだからである。例えば、ミトラ教に由来するクリスマス行事は、北欧の神々の行事へ変わっていった。イランのパインツリーは北欧の樅ノ木に置き換えられていく。

中東におけるアッラーへの変質

欧州へのヤハウェの展開とは別に、その故地中東はローマ帝国の一角を占めるに過ぎない時代が続いていた。AD600年代、アラビア半島にあってアラブの民によって共通神がふたたび見いだされ、故郷に連れ戻されることになる。イスラム教のアッラー(Allah)である。アッラーは固有名ではなく、「神」を意味する一般名称。ヘブライ時代の「名前を秘す」伝統に忠実だったのである。そしてこのアッラーにこそ、原初的な厳しい戒律を課す、暴力闘争も辞さないヤハウェの原初的な性格が受け継がれた。

以上をざっくりと括ってしまえば、現代に至るセム語族(アラブ)vsインド=ヨーロッパ語族(コケージアン)の対立は、同じ神の間での抗争なのである。舶来のコスモポリタン化したヤハウェと、土着性が強くオリジナル寄りのヤハウェの対決である。

これでアブラハムの宗教と呼ばれる「姉妹宗教」が共通神ヤハウェを拝んでいる歴史的経緯がおわかりいただけたと思う。ちなみにアブラハムはユダヤ人の祖とされる、メソポタミアのウル出身の預言者。詳細については以下のwiki参照。

ヤハウェとバール神の熾烈な闘争

パール神は西方セム族において崇拝され続けた。そもそも、この神が有名になったのはウガリット文書の発見からである。

ウガリット(Ugarit)は、アブラハム一族が西方へ移動する以前、BC2000年代から繁栄した北シリア方面の都市国家である。その地理的要衝性から、東方のシュメール、アッシリア(Assyria、現イラク北部)、バビロニアと交流するとともに、北方の小アジアにあったヒッタイト(Hittites)とも交流した(現トルコ)。

西のエーゲ海にも進出し、ギリシャのミケーネ(Mycenae)にも影響を与えたと言われる。ウガリット人もセム族で、同じセム族に属する海洋の民フェニキア人(Phoenician)の親戚筋に当たるという説も存在する。

ウガリット王国の多方面との交流は、バール神のオリエント世界各地への伝播を促したと見られる。バールの語源は「主」であると言う。

バール神は雨や雷光を司って穀物の収穫を左右するとともに、剛健な戦士の側面も併せ持った。バール神と女神の性的交渉は繁栄の象徴と見なされ、聖婚儀礼も各地で行われた。バール神は旧約聖書にも登場するくらい勢力を誇ったのである。

バール神との訣別

ユダヤ人がパール神を嫌い、ヤハウェ一本で動いたのはなぜか?内面的にはヤハウェとの契約があるから絶対に裏切れないという制約であろう。外面的には、ユダヤ人の政治的独立性と優越性を確保するための闘争だったのではないか。

そもそもヤハウェの出自はいまも曖昧なままである。旧約聖書上はモーゼの出エジプト記において突如出現し、モーゼに十戒を与える。モーセはユダヤ人をエルサレムへ導き、その後、ダビデがイスラエル王国を打ち建てる。

とはいえ、悠久の昔からセム族全体に信仰されていたバール神がたやすく滅びるはずもなく、イスラエル周辺でもその影響は残っていた。旧約聖書「列王記」などの記述によれば、熾烈な闘争が幾度となく記録されている(日本の記紀神話に描かれる大和朝廷と蝦夷の闘争に似ていなくもない)。

 

後にイスラエル王国は滅ぼされ、ユダヤ人はバビロン補囚となった。ペルシャ人に救われ帰郷した段階で、ユダヤ人たちが悔いたという「ヤハウェへの不信心」とは何だったのか?何が彼らの不信仰をもたらしたのか?

おそらくはゾロアスター教への感化である。しかし、そこにはそもそもバール神を完全克服したいという欲求があったのではないか。戦略的にゾロアスターの思想を取り込むことでバール神との戦闘態勢を強化したのではないか。本当の理由はわからないが、ユダヤ人はとにかく他のセム族から独立したい願望に突き動かされてきた人たちなのである。

ユダヤ教の基本性格

ユダヤ教の基本性格は、ヘブライ部族の貧しく痩せた砂漠という出自によって決定づけられている。神との約束を違えてエデンの楽園から地上へ追放され、苦難の道を歩むというストーリーが、例えば東南アジアのような植物が繁茂する環境に生まれるとは思えない。

ユダヤ人はこの楽園からの追放というモチーフによって、自分たちの現世の境遇に意味を与えた。そして将来「平安な神の国」が約束されているという希望を「最後の審判」というゾロアスター的発想によって目的化していく。そして実際に数千年の苦難の歴史を歩むことになるのである。

先にも言ったように、このひたすら未来を目指す志向性は、アラビア半島で再発見されたイスラムのアッラーにも色濃く受け継がれ、いまも近親憎悪のごとき抗争を続けている。善悪の次元を超えて、こうしたヘブライ部族由来の観念(唯一神による世界と人類の創造、原罪、現世を憎み未来を夢見る進歩主義、究極の救済を信じ追い求める目的志向、正義の実現にこだわる闘争志向)がいまも人類の主導原理になっている現実を、日本人は踏まえなければならない。

こういうことを認識する窓口として、英語を学ぶ意味は大きいとトコシエは思うのである。英米の情報という意味だけではない。それ以外のソースも英語なら読める機会が多いからである(残念ながら日本語ではこの辺りの情報は決定的に不足している)。そして、このヘブライ的思考(ユダヤ的普遍指向)にどう向き合っていくかは、かつてもいまも将来も、日本人にとってたいへん重要な課題だと思う。

ヘブライ神話のエキス

ヘブライ的思考のクセを自覚的に把握しておくことは、宗教に限らず、今後の政治、経済、文化、社会全体に今後も影響していくと思うので、簡単にまとめておこう。

世界の創造

  • 人間を超えた存在という前提。
  • 神の意志を実現することが世界の意味(天命)。
  • カレンダーによる時間観念の規定(創造期間は6日間、7日目は安息日)。

人間の創造と原罪

  • アダム(男)が最初の人間。イブ(女)はあばら骨から生まれた(父性原理、男性優位)。
  • 神は自然の「管理者」として人間を造った(自然支配の正当化)。
  • 神の命令に背いたところに発する原罪。
  • 地上への追放(苦役としての人の生)。

ノアの方舟

神に従う者(ノア)のみが救われる(神への服従)。選良意識。

モーゼの十戒

神勅(戒律)の絶対性。

  1. 自分以外の他に神々があってはならない(唯一神)。
  2. いかなる像をも造ってはならない(偶像禁止)。
  3. みだりに神の名を唱えてはならない(秘名性)。
  4. 安息日を守り、これを聖とせよ(労働軽視)。
  5. 父と母を敬え。
  6. 殺してはならない。
  7. 姦淫してはならない。
  8. 盗んではならない。
  9. 偽証をしてはならない。
  10. 隣人に属するものを貪ってはならない。

最後の審判

未来志向、目的志向、進歩史観。