【語源学の旅】”money” の来歴02:お金の神様はローマの女神ユーノー(Juno)

2019-01-27お金の話, 宗教, 歴史, 語源学, 貨幣論・歴史

前回、英語の “money” の語源がラテン語の “moneta” であることを突き止めた。今回は、なぜ女神ユーノーに “moneta” というあだ名が付けられた理由を探ることから始めよう。

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お金をめぐる旅のはじまり

お金は英語で “money” だ。この単語のルーツがずっと気になっていた。親戚のドイツ語、オランダ語ではともに “geld” 。似てない。

ここから来たのではないだろう。

ピンと来た。思ったよりラテンな英語なんだから犯人はフランス語に違いない!

・・・そう思って調べてみるとフランス語では “argent”・・・はぁ?

“argent” はフランス語のシルバーに相当する単語らしい。日本語で金(きん)じゃないのに金(かね)というのと同じか。・・・がっかりしていると、それに続けて “monnaie” ともいう、とある。

似てる。これだ!

wikiを調べると来歴は次の通りだ。

The word “money” is believed to originate from a temple of Juno,
on Capitoline, one of Rome’s seven hills.
In the ancient world Juno was often associated with money.
The temple of Juno Moneta at Rome was the place where the mint of
Ancient Rome was located.

なるほどローマ神話か。そういえばイギリスはその昔、古代ローマ帝国の一部だったんだと思い当たる。

関連記事【英語学】ブリタニア時代:イギリスに残るローマ帝国の痕跡

ユーノー・モネータの神殿(Temple of Juno Moneta)

上の説明に沿って日本語でも説明しておこう。

ユーノー(Juno)はカピトリヌス三神の一柱。ローマのカピトリーノの丘(Capitoline hills)にはユーピテル、ユーノー、ミネルヴァを祀る神殿があった。ユーノーは最高神ユーピテルの妻で、ミネルヴァと並び最高女神。様々な添え名を持つのだという。

ユーノー・モネータも添え名のひとつで、”moneta” は忠告を意味するラテン語動詞 “monere” から派生。ガリア人がローマ侵入を企てた際、神殿で飼われていたガチョウをそれを “警告” して難を逃れたという逸話にもとづく。

以後ローマの守護神として崇められ、紀元前345年に建設されたユーノー・モネータの神殿では、数世紀にわたり貨幣の鋳造が行われることになる。そこから、お金を意味する “money”、鋳造所を意味する “mint” の語源となる。

denario-juno-moneta.jpg

以上が語源に関する説明だ。歴史的にはモネータの神殿に鋳造所があったのがマネーの由来ということになるが、言語学的な来歴は “monere=to warn” から来るという。

お金と警告って?・・・どうも釈然としない。
そこで少し深入りをしてみる。ラテン語動詞の “monere” について調べるわけだ。

Money is a monster?

調べていると、”monere” から派生した “monstrum” が英語の “monster” になったと知ることになる。

マネーが怪物?まあ当たらずといえども遠からずな感じだが、両者は直ちにつながるものではないらしい。これは古代人の世界観に由来する話なのだ。彼らは不吉なことや大きな災厄などが起こる前には、自然にはありえない怪物がやってくると信じていた。

ギリシャ神話では、それはケンタウロス(半人半馬の怪物)であり、グリフィン(ワシの頭と翼を持ち胴体がライオンの怪物)であり、スフィンクス(頭が女性で翼を持ち座った姿勢のライオン)であった。

Centaur.jpg
ケンタウロス(centauros)
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グリフィン(griffin)
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スフィンクス(sphinx)

そうした魔物は破壊や混乱の前兆なのだ。警告(to warn)なのである。ここから警告する不気味なものとして “monstrum” が生まれた。

古代ローマ人はギリシャの影響を強く受けている。異変があると騒ぎ立てるガチョウを番犬代わりに飼っていた。モネータの神殿でも飼っていたのだ。それが先ほどの逸話になる。マネーは “警告” に守られた安全な場所で作られるものだったのである。

・・・ところが、これで一件落着とならないのだ。”moneta” ということばは叙事詩『オデッセイ』がラテン語に翻訳されたとき、ギリシャ語のムネモシュネ(Mnēmosynē)という “記憶” を意味することばから生まれたという・・・。

 

守り神としてのユーノー(Juno)

モネータとしてのユーノーはその警告(予知)能力を駆使してローマ軍を勝利に導いた。戦利品によりローマは資金不足に陥ることがなかった。このため彼女はローマの守護神として崇められ、ローマ中心の高台にある要害の地に祀られた。コインは彼女のお膝元で数百年鋳造されることになり、後に各地に建造される鋳造所(mint、このことばの語源も “moneta” と言われる)のモデルとなった。

やがて “moneta” の名は本来の “忠告” としてよりも、鋳造あるいは鋳造所の意味が強まっていき、最終的に鋳造されたお金そのものを指すようになる。

site of temple of juno moneta.png.jpg
モネータ鋳造所の跡地と伝わる教会(ローマ)

この辺りについての事情は以下の記事に詳しい。

monetaはドイツルートとフランスルートの2つで英語に入った

“moneta” というラテン語は、ローマコインの流通とともにヨーロッパ大陸に広がっていく。コインを流通させたのは軍隊や商人である。英語の “money” はフランス経由でもたらされたが、”mint” はドイツ経由で伝播したようだ。

  • お金を意味する “moneta” からフランス語の “monaie” が作られる(ラテン語がフランス語に変成する際、しばしば “t” が脱落する。”monaie” は現代フランス語に “monnaie” として残る)。
  • フランスからイギリスには、11世紀ノルマン人のブリテン島征服(ノルマン・コンクエスト)とともに入り、通貨を意味する “money” として定着していく。
  • 一方、鋳造所を意味する “moneta” は “monaie” に先んじてブリテン島に伝わっていた。まず紀元1世紀前後、ガロ=ローマン時代にローマ人がガリア地方(古代フランス)を征服する。そして次第にゲルマン部族へと侵入していく。この過程で “moneta” は “mynet” へと変成する(ゲルマン系言語では原語からしばしば母音が脱落する)。”mynet” は5世紀アングロ・サクソンがブリテン島に渡るとともに持ち込まれ、15世紀頃、現在と同じ意味の “mint” に変わっていったらしい。

同じ語源を持つ “money” と “mint” だが、ぱっと見はそう見えない。ブリテン島へ言葉を持ち込んだ人種・文化が違うからである。このように、”money” というひとつのことばをたぐっていけば、その変遷を通じて人間の移動、すなわち現在のイギリスが形成された歴史過程もおぼろげにわかってくる。

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おそらく似たような例は無数にあると思うが、語源学をお勧めするのはこのような広がりを通じて暗記型の学習とは質の異なる勉強ができるからだ。

ムネモシュネ(Mnēmosynē)とのつながりは見えなかった

さて『オデッセイ』の翻訳者が、ギリシャ神話の女神ムネモシュネ(Mnēmosynē)を “moneta” と訳したのはなぜか?

ローマ神話はギリシャ神話を雛型にしているのだから、ユピテル(ジュピター)とその妻ユーノーの関係なら、オリンポスの最高神ゼウスとその妻ヘラに対比されるのが素直だ。不審に思って調べてみたのだが確証は得られなかった。一説には、ヘラはあまりに嫉妬深く破壊の神でもあったので不吉に思ったローマ人が使用を避けたのもしれないという。ありうる話だが、それでもなぜムネモシュネを選んだかの理由にはなっていない。

語源的に探るユーノー神の来歴

monetacoin.jpg

とりあえずムネモシュネの線は捨てよう。もっと有力な線が見つかったからだ。ユーノー神の来歴だ。右の写真を見てほしい。

これは古代ローマの moneta コインなのだが、ユーノー・モネータが両手に持っているものに注目すると、右手が秤、左手が豊穣の角(cornucopia)だ。

秤は富の計算すなわち理性的管理に関わる象徴だろう。豊穣の角はギリシャ神話にも出てくるヤギの角で、豊かさと増殖のシンボルだ。ヤギの角は折れて生え変わるから再生産の象徴でもある。蓄財や富の再生産に関わると考えていいだろう。

とくに注目したいのは豊穣の角だ。女性に託された豊穣性はギリシャ・ローマに限らず、上古~古代の世界に共通する要素だからだ。ユーノーという神格は相当複雑な成り立ちをしており、ひとつの神にあらゆる女神属性が流れ込んでいる感がある。

ユーノーの多層的な神格

添え名の多さからもそれがうかがえるし、単なるローカル神だったら最高神の一柱としてカピトリヌスの丘に祀られることはなかったろう。

名前が決定的だ。juno はラテン表記では “iuno” である。これはローマ人が滅ぼした原住民族であるエトルリア人(Etrurian)の最高神 “uni” から来ている。uno も、uni も “ひとつ” を意味する。現代英語でも接頭辞として “universe”、”unisex”、”unilateral” などに現れる。

英語接頭辞で “ひとつ” を意味する “uni” はラテン語由来、”mono” はギリシャ語由来だ。

この場合の “ひとつ” は “すべて” を指していると考えた方がすんなりわかる。多くが統合されてひとつになったわけだ。例えば、”unify”、”union” などは、単独という意味でのひとつではない。統合の結果としてのひとつではないか。

最終回となる次の記事「地母神とお金の起源」で、この話はさらに裾野を広げていく。

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