【語源学の旅】”money” の来歴02:ユーノー神

2018-05-29お金の話, 宗教, 歴史, 語源学, 貨幣論・歴史

守り神としてのユーノー(Juno)

前回で “money” の語源が “moneta” にあることがわかった。モネータとしてのユーノーはその警告(予知)能力を駆使してローマ軍を勝利に導いた。戦利品によりローマは資金不足に陥ることがなかった。
彼女はローマの守護神として崇められ、ローマ中心の高台にある要害の地に祀られた。コインは彼女のお膝元で数百年鋳造されることになり、後に各地に建造される鋳造所のモデルとなった。
site of temple of juno moneta.png.jpg
モネータ鋳造所の跡地と伝わる教会(ローマ)

“moneta” の名は本来の “忠告” としてよりも鋳造あるいは鋳造所の意味が強まっていき、最終的には鋳造されたお金そのものを指すようになる。

monetaの伝播ルート

“moneta” ということばは、ドイツとフランスの、2つの異なるルートでイギリスへ伝わっていく。
  • お金を意味する “moneta” からフランス語の “monaie” が作られる(ラテン語がフランス語に変成する際、しばしば “t” が脱落する。”monaie” は現代フランス語に “monnaie” として残る)。
  • フランスからイギリスには、11世紀ノルマン人のブリテン島征服(ノルマン・コンクエスト)とともに入り、通貨を意味する “money” として定着していく。
  • 一方、鋳造所を意味する “moneta” は “monaie” に先んじてブリテン島に伝わっていた。その経過は、まず紀元1世紀前後、ガロ=ローマン時代にローマ人がガリア地方(古代フランス)を征服する。そして次第にゲルマン部族へと侵入していく。この過程で “moneta” は “mynet” へと変成する(ゲルマン系言語では原語からしばしば母音が脱落する)。”mynet” は5世紀アングロ・サクソンがブリテン島に渡るとともに持ち込まれ、15世紀頃、現在と同じ意味の “mint” に変わっていったらしい。
同じ語源を持つ “money” と “mint” だが、ぱっと見はそう見えない。ブリテン島へ言葉を持ち込んだ人種・文化が違うからである。
このように、”money” というひとつのことばをたぐっていけば、その変遷を通じて人間の移動、すなわち現在のイギリスが形成された歴史過程が見えてくる。
おそらく似たような例は無数にあると思うが、語源学をお勧めするのはこのような広がりを通じて暗記型の学習とは質の異なる勉強ができるからだ。

ムネモシュネ(Mnēmosynē)とのつながりは見えなかった

さて『オデッセイ』の翻訳者が、ギリシャ神話の女神ムネモシュネ(Mnēmosynē)を “moneta” と訳したのはなぜか?
ローマ神話はギリシャ神話を雛型にしているのだから、ユピテル(ジュピター)とその妻ユーノーの関係なら、オリンポスの最高神ゼウスとその妻ヘラに対比されるのが素直だ。不審に思って調べてみたのだが、確証は得られなかった。
一説には、ヘラはあまりに嫉妬深く破壊の神でもあったので不吉に思ったローマ人が使用を避けたのもしれないという。ありうる話だが、それでもなぜムネモシュネを選んだかの理由にはなっていない。

語源的に探るユーノー神の来歴

monetacoin.jpgとりあえずムネモシュネの線は捨てよう。もっと有力な線が見つかったからだ。ユーノー神の来歴だ。右の写真を見てほしい。古代ローマの moneta コインなのだが、ユーノー・モネータが両手に持っているものに注目すると、右手が秤、左手が豊穣の角(cornucopia)だ。
秤は富の計算すなわち理性的管理に関わる象徴だろう。
豊穣の角はギリシャ神話にも出てくるヤギの角で、豊かさと増殖のシンボルだ。ヤギの角は折れて生え変わるから再生産の象徴でもある。
蓄財や富の再生産に関わると考えていいだろう。
とくに注目したいのは豊穣の角だ。女性に託された豊穣性はギリシャ・ローマに限らず、上古~古代の世界に共通する要素だからだ。ユーノーという神格は相当複雑な成り立ちをしており、ひとつの神にあらゆる女神属性が流れ込んでいる感じがする。添え名の多さからもそれがうかがえるし、単なるローカル神だったら最高神の一柱としてカピトリヌスの丘に祀られることはなかったろう。
名前が決定的だ。juno はラテン表記では “iuno” である。これはローマ人が滅ぼした原住民族であるエトルリア人(Etrurian)の最高神 “uni” から来ている。uno も、uni も “ひとつ” を意味する。現代英語でも接頭辞として “universe”、”unisex”、”unilateral” などに現れる。
英語接頭辞で “ひとつ” を意味する “uni” はラテン語由来、”mono” はギリシャ語由来だ。
この場合の “ひとつ” は “すべて” を指していると考えた方がすんなりわかる。多くが統合されてひとつになったということだ。例えば、”unify”、”union” などは、単独という意味でのひとつではない。統合の結果としてのひとつではないか。
次回はこの切り口から、さらに深掘りを進めたいと思う。