【神秘思想と現代】ユングの心理学とグノーシス主義01

グノーシス主義というと、そのおどろおどろしいイメージに腰が引ける人もいると思う。ただ、ちょっと詳しく見てみると別にそんな大変なものでもない。

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グノーシス主義は性善説

グノーシス主義者は目の付け所が普通の人と違っているが、根は純粋で性善説な人たちである。彼らは「人間は善で世界が悪」と堅く信じている。「世界」とは人間に引き付けて考えれば社会やシステムのことだ。彼らのスタンスは「社会やシステムがおかしい」といっているのと同じである。

では、なぜ社会やシステムは悪なのか?彼らの理屈によれば、この世界は本物の神からドロップアウトした質の悪い神の作品だという。人間は本物の神からちゃんと霊性を分与されているのに、悪い神が仕立てた社会やシステムが邪魔をして、心が眠ったままになっている。

だから、とグノーシス主義者はいう。自分というものに関する真実の知識(グノーシス)を得たい人間は、奴隷働きをせず、”霊的に” 社会から脱出しなければならない。

これは「神は最高、人間ダメ」と説くユダヤ・キリスト教の世界観と真っ向対立している。グノーシス主義は教団を組織してメジャーになることなど端から目指していないから当然の帰結である。

出典: http://wmhday.net/what-is-gnosticism.html

人間の思想類型のひとつ

グノーシス的な人間は現代社会でもよく見かける。別に仏門を叩かないかもしれないが、たくさん棲息している。宗教や芸術に関心の向く人はみな多かれ少なかれ “社会不適応” を心に抱え、生きにくい思いをしているように見える。

グノーシス的なものはけっして人間世界からなくならない。社会が荒めばすさむほど力を増すだろう。

ユングはグノーシスを表の世界でやった人

CGJung.jpg有名な心理学者グスタフ・ユング(Carl Gustav Jung)もまた生きにくい思いを抱えていた人だった。

彼が無意識(unconsciousness)や個性化(individuation)を提唱した目的は、自我(ego)の限界を超えて完全な自己(self)に至ることにあった。堕落した世界(自我)を乗り越え、正しい知識(自己)を得、最終的には神との合一(無意識)を求める。

要するに、人間は社会内に産み落とされた無自覚な状態では本物の自分に出会えないといっているのである。

これは科学を外装したグノーシス思想ではないか。

グノーシス主義者の考え方

ユングとグノーシス思想の関わりについて英文記事を参考にもう少し詳しく見ていこう。

逸脱の世界観

We might essay such an answer by saying that the Gnostics differed from the majority of humankind, not only in details of belief and of ethical precept, but in their most essential and fundamental view of existence and its purpose.

グノーシス主義者は大多数の人間とは異なる世界観をもっていた。細かな信仰や道徳律の面で異なるだけではない。「存在とは何か」、「存在の目的は何か」という最も根元的な次元で独特なのである。

Their divergence was a radical one in the sense of the word, for it went back to the root (Latin: Radix) of humankind’s assumptions and attitudes regarding life.

Irrespective of their religious and philosophical beliefs, most people nourish certain unconscious assumptions pertaining human condition which do not spring from the formative, focused agencies of consciousness but which radiate from a deep, unconscious substratum of the mind.

グノーシス主義者の逸脱は言葉の真の意味で根元的だ。その逸脱は人類の前提や人生に対する態度の根源にさかのぼるからである。

大方の人間は宗教や哲学の違いはあっても、人間の置かれた状態に関して、ある無意識の前提を心の内に育てている。その前提は意識の形成因子が集中的に働いた結果得られたものではなく、心の奥深くにある無意識の基層から放出されてきたものである。

人間の心は無意識層に囚われている

This mind is ruled by biology rather than by psychology; it is automatic rather than subject to conscious choices and insights. The most important among these assumptions, which may be said to sum up all others, is the belief that the world is good and that our involvement in it is somehow desirable and ultimately beneficial.

多数者の心は心理学ではなく生物学の支配下に置かれている。心は意識的な選択や洞察の結果として存在しているのではなく、自動的に生じただけだ。心の前提はたくさんあるが、最も重要なのは「世界は善である」という信念、「人間の世界への関与は望ましいもので、最終的には役に立つ」という思い込みである。

This assumption leads to a host of others, all of which are more or less characterized by submissiveness toward external conditions and toward the laws which seem to govern them.

In spite countless illogical and malevolent events of our lives, the incredible sequences, by-ways, repetitious insanities of human history, both collective and individual, we will believe it to be incumbent upon us to go along with the world, for it is, after all, God’s world, and thus it must have meaning and goodness concealed within its operations, no matter how difficult to discern.

この思い込みが別の思い込みを次々に生み出す。程度の差はあれ、人は自分の生存条件と、それを規定する法に従うことになる。

世界は無数の不合理、不正、狂気に満たされているのに、多数者は群れとしても個としても世界のあり方に従うのみだ。どんな世界でも結局は神のつくった世界なのだからといって、まるでそうすることが義務であるかのように盲従するのだ。

いろいろ矛盾はあってもここは神のつくった世界だ。どんなに見えにくくても、この世界には必ず意味があり、世界の運行の中に善が潜んでいるに違いないと人間の心は考える。

Thus we must go on fulfilling our role within the system we can, being obedient children, diligent husbands, dutiful wives, well-behaved butchers, bakers, candlestick-makers, hoping against hope that a revelation of meaning will somehow emerge from this meaningless life of conformity.

制度に服従する人々は無意味な服従の人生からでも、大いなる意味が啓示されると信じている。だから従順な子ども、勤勉な夫、忠実な妻、愛想のいい肉屋、パン屋、ローソク屋・・・という具体に、各自に与えられた役割を全うしなければならないのだ。

グノーシス主義者の反論

Not so, said the Gnostics. Money, power, governments, the raising of families, paying of taxes, the endless chain of entrapment in circumstances and obligations?none of these were ever rejected as totally and unequivocally in human history as they were by the Gnostics.

「それは違う」とグノーシス主義者は言うのである。カネ、権力、政府、家族の扶養、税金の支払い、状況や義務への際限のない拘束―こうした諸々を、グノーシス主義者ほど撤退して拒否し続けた者は歴史上他にいない。

The Gnostics never hoped that any political or economic revolution could, or even should, do away with all the iniquitous elements within the system wherein the human soul is entrapped. Their rejection was not of one government or form of ownership in favor of another; rather it concerned the entire prevailing systematization of life and experience.

グノーシス主義者は、政治や経済の世界に革命を起こして、人間の魂を幽閉しているシステムを打ち倒し、そこに巣食った不正を粛正しようとは考えない。彼らが拒んでいるのは政治体制や組織の所有方式ではないからだ。そうではなくて、彼らは地球上にはびこっている人生のシステム化、人間経験のシステム化そのものを拒絶しているのである。

グノーシス主義者だけが知っている秘密

Thus the Gnostics were, in fact, knowers of a secret so deadly and terrible that the rulers of this world―i.e., the powers, secular and religious, who always profited from the established systems of society―could not afford to have this secret known and, even less, to have it publicly proclaimed in their domain.

Indeed the Gnostics knew something, and it was this: that human life does not fulfill its promise within the structures and establishments of society, for all of these are at best but shadowy projections of another and more fundamental reality.

実際、グノーシス主義者は身も蓋もない恐ろしい秘密を知っている。世俗的権力でも教会でもいい。すでに築かれた社会システムの受益者たるこの世の支配者たちには、そのような秘密を世間に知らせる力量を持ち合わせない。また己の領域内で公然とシステムの非を認める余裕も持たない。

では、グノーシス主義者が知っているその秘密は何か?

人は社会という構造や制度の中では本来約束された人生を全うできない、という真実である。なぜなら、社会はそれとは別のところにある、もっと根元的な現実の影に過ぎないからだ。

No one comes to his true selfhood by being what society wants him to be nor by doing what it wants him to do. Family, society, church, trade and profession, political and patriotic allegiances, as well as moral and ethical rules and commandments are, in reality, not in the least conducive to the true spiritual welfare of the human soul. On the contrary, they are more often than not the very shackles which keep us from our true spiritual destiny.

人はいくら社会が望む人間になっても、社会の期待に沿って行動しても、本当の自分には辿り着けない。家族、社会、教会、ビジネス、仕事、政治、愛国心、道徳、倫理―、それらはまことの魂の安寧に寄与しない。むしろ人が己の霊的使命を自覚する妨げになることの方が多い。

人間の魂の救済は社会制度化できない

This feature of Gnosticism was regarded as heretical in olden days, and even today is often called “world denying” and “anti-life,” but it is, of course, merely good psychology as well as good spiritual theology because it is good sense.

The politician and the social philosopher may look upon the world as a problem to be solved, but the Gnostic, with his psychological discernment, recognizes it as a predicament from which we need to extricate ourselves by insight.

For Gnostics, like psychologists, do not aim at the transformation of the world but at the transformation of the mind, with its natural consequence―a changed attitude toward the world.

Most religions also tend to affirm a familiar attitude of internalism in theory, but, as the result of their presence within the establishments of society, they always deny it in practice. Religions usually begin as movements of radical liberation along spiritual lines but inevitably end up as pillars of the very societies which are the jailers of our souls.

このようなグノーシス派の思想は古くから異端と見なされてきた。現代でも「厭世的」とか「人生嫌い」とか呼ばれている。だが、それは良き認識なのだから、むしろ良き心理学、良き霊的神学と称されるべきだ。

政治家や社会哲学者は世界を解決すべき問題と見なす。それに対してグノーシス主義者は心理学的省察に基づき、世界を人間が陥った窮地と見なす。人間は洞察を通じてそこから抜け出さなければならない。

外部世界の変容ではなく、人間内部の変容を目指す点でグノーシス主義者は心理学者と同じだ。心が変容すれば、世界に対する態度も自然に変わるからだ。

既成宗教の大半は、理屈の上では内在主義に近親感を示す。しかし宗教もまた社会内の存在である以上、現実には内在主義を否定することになる。通常の宗教は、霊の導きに従って魂の根源的な解放を目指す運動として始まる。しかし組織化して社会の一柱になったとたん、魂の看守に堕すことを避けられない。

グノーシス主義は心理学のさきがけ

If we wish to obtain Gnosis, the knowledge of the heart that renders human beings free, we must disentangle ourselves from the false cosmos created by our conditioned minds.

The Greek word kosmos, as well as the Hebrew word olam, while frequently mistranslated as world, really denote more the concept of systems.

When the Gnostics said that the system around them was evil and that one had to get away from it in order to know truth and discover meaning, they acted not only as the forerunners of innumerable alienated drop-outs from St. Francis to the beatniks and hippies, but they also stated a psychological fact since rediscovered by modern depth psychology.

人間の心を自由にする知識をグノーシスという。もしグノーシスを得たいなら、条件づけされた心が生み出す偽りのコスモスから己を解放しなければならない。

ギリシャ語のkosmosとヘブライ語のolamは、しばしば世界と誤訳される。本当はシステムと訳されるべき言葉なのである。

グノーシス主義者は人間を取り巻くシステムを悪と呼び、そこから逃れなければ、真理を覚り、人生の意味を見出せないという。彼らは、フランシスコ法王や、ビートニックやヒッピーのような無数にいる疎外された脱落者を先取りしているだけではない。現代の深層心理学が再発見した心理学的真実を述べてもいるのである。

<記事引用終わり>

長くなるので続きに次回に。続きはこちら

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