【英語を学ぶ】ラテン系語彙:カルペ・ディエム(carpe diem)と黒澤明『生きる』

2018-07-10英語の話

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上の記事にも書いたように、英語は三階建てで、語彙の6割はフランス語などのロマンス語経由のラテン語起源だ。今後、折に触れて、特定のことばやフレーズを取り上げ、英語の豊かな世界を渉猟してみたい。初回はラテン語のカルペ・ディエム(carpe diem)を取り上げる。

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くだけてるゲルマン系語彙とよそ行きなラテン系語彙

ゲルマン系語彙(Germanic words/lexicon)とラテン系語彙(Latinate words/lexicon)について簡単におさらい。

11世紀のノルマン・コンクエスト(Norman Conquest)で、支配階級ノルマン人のラテン系語彙が大量に持ち込まれて以来、英語の混成状況が定着した。

当初、貴族や官僚が使っていたラテン系語彙は、ネイティブ英国人の登用、市民階級への教育普及、産業革命による商工業・交易の発展、大英帝国時代の文化混淆などを背景に、庶民のゲルマン系語彙の世界へ流れ込み、併用されるようになっていった。

今でも残る両者の区別

併用されるようになっても出自は争えない。現代英語の話し手や書き手は、陰に陽に両者の違いを意識し、使い分けている(とくにイギリス人)。以下の表のような区別が文化に織り込まれているからだ(あくまで一般論として)。

upper-class

culture

abstract

reason

hypocrisy

male

Latinate

lower-class

nature

concrete

emotion

sincerity

female

Germanic

これは日本語の和語(やまとことば)と外来語(主に中国語由来)の関係に多少似ている。たとえば「恋愛する」というと固く響くが、「したう」というとくだけた感じになる。「思考する」と「おもう」、「教育する」と「おしえる」、「議論する」と「はなしあう」なども同じ。

英語も同じだ。ゲルマン系語彙は両親や兄弟姉妹などの肉親、ラテン系語彙は配偶者やその親戚などの近縁者と考えればいいかもしれない。血のつながりの濃さが親しみの度合いを反映する。

  • “I love you.” はとっても卑近で日常的な表現だが、”I feel affection for you.” は何となく文学的表現。loveはゲルマン系、affect(ion)はラテン系。
  • “You guess it right.” はくだけて親しみが感じられるが、”Your conjecture is correct.” とすると客観的で突き放した感じになる。guess、rightはゲルマン系、conjecture、correctはラテン系。

カルペ・ディエム(carpe diem)「いまを生きよ」

ラテン語のフレーズ。英訳されて ”seize the day” として定着している。「いまを生きよ」「一日一日を精一杯生きよ」といった意味だ。

日本語訳は「その日を摘め」「一日を摘め」など。なぜ「摘め」かといえば、以下に示すような連想の流れがあって、花(薔薇)が意識されているからだ。「花の命は短くて」は洋の東西を問わない認識なのだろう。

ホラティウス

元ネタは古代ローマの詩人ホラティウス『歌集』(Carmina)第1巻第11歌にある以下のフレーズ。

dum loquimur, fugerit inuida
aetas. carpe diem quam minimum credula postero.

In the moment of our talking, envious time has ebbed away.
Seize the day, put very little trust in tomorrow.

我々が話している間にも、時は残酷なまでに駆け足で逃げ去る。
明日を恃(たの)むことなく、その日の花を摘め。

おそらく、これは「いつ死ぬかわからないから思いっきりいまを楽しも」的な軽いノリの詩句ではない。享楽主義(hedonism)の勧めではなく、エピクロス主義(Epicureanism)の勧めなのである。

エピクロス主義

現代英語で “epicurean” というと、快楽主義者もしくはグルメ愛好家のような享楽的意味になる。このことは古代ローマでも同じで、エピクロスの説いたことを曲解して揶揄する風潮があったらしい。

エピクロスが求めたのは快楽ではなく心の平安(精神的安定)だ。彼は快は徳と不可分で、節制して初めて得られるものだといっている。厳しい節制の果てに得られる快がエピクロスの目指す幸福の境地なのであって、物質主義的な快楽主義とは向かう方向が逆なのである。

カルペ・ディエムも同じに見える。いい日も悪い日も同じ一日、毎日かならず「花を摘め」といっているのだ。人生は楽しいとき、うまくいくときばかりではない。苦悩や苦痛や失敗の日々からも、人間は「花を摘む」必要がある。そうでなければ成長が止まってしまう。

“collige, virgo, rosas”「乙女よ、薔薇を摘め」

古代ローマでは、カルペ・ディアムと同様の発想をもつ詩「De Rosis Nascentibus」(On budding roses)が生まれた(作者未詳。アウソニウス作?ウェルギリウス作?)。この詩は、桜のように儚い薔薇を人間の若さにたとえている。最後の節が有名になった。

collige, virgo, rosas dum flos novus et nova pubes,
et memor esto aevum sic properare tuum.

So, girl, gather the roses, while the bloom and your youth is fresh, and be mindful that so your life-time hastes away.

されば、乙女よ、薔薇を摘め。花と汝の若さのみずみずしくあるうち。
汝の人生、疾く去らんこと努(ゆめ)忘るな。

“Gather ye rosebuds while ye may”「摘めるうちに薔薇の蕾を摘め」

同様の感慨は、17世紀バロック期の詩人ロバート・ヘリックの詩「To the Virgins, to Make Much of Time」にも伝播している。

Gather ye rosebuds while ye may,
Old Time is still a-flying;
And this same flower that smiles today
Tomorrow will be dying.

GatherYeRosebuds1909Waterhouse.jpg
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス画「摘めるうちに薔薇の蕾を摘め」(Gather Ye Rosebuds While Ye May)(1909) 出典:Wikipedia Commons

ゴンドラの唄

以上のように、カルペ・ディエムはエピクロス主義をバックボーンとするが、人生で摘み取るべき成果の象徴として花という連想が合体されて人口に膾炙した。

そのライン上に日本の「ゴンドラの唄」がある。黒澤明の映画『生きる』で主人公が唄って有名になった。

「ゴンドラの唄」は歌詞が四番まであるのだが、映画で使われたのは一番と四番のみ。

 いのち短し 恋せよ少女(おとめ)
朱(あか)き唇 褪(あ)せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日の ないものを

 いのち短し 恋せよ少女
黒髪の色 褪せぬ間に
心のほのお 消えぬ間に
今日はふたたび 来ぬものを

この歌詞を通じて映画『生きる』は見事にカルペ・ディアムの精神を現代に蘇らせている。「ゴンドラの唄」については、この歌だけで一冊の本を書いた人がいる。その人の解説が、上の動画ページに引用されていたので、一部を紹介しよう。

『生きる』で渡辺勘治(※志村喬演じる主人公の名前)がしみじみと歌って見せたことで、『ゴンドラの唄』は単に若い女の恋の歌にとどまらず、性別・年齢を問わないすべての人に開かれた歌となったのです。
その際、「恋せよ」の「恋」が文字どおり男女の恋愛の意味だけではなくなって、一種の比喩として、人間が情熱をかけて探し求めるものをさすように変わりました。先ほど公園のブランコの場面によって、歌の詩句全体がフィジカルなものからメタフィジカルなものへと変容を遂げたと申しましたが、「恋せよ、少女」はいまや人間がいのちをかけて臨むこのできる(あるいはそうしなければならない)抽象的な価値を追求するスローガンとなったのです。(相沢直樹『甦る〈ゴンドラの唄〉』、新曜社)

現代への反響

映画 “Dead Poets Society”

惜しくも亡くなったロビン・ウィリアムズ主演の映画『いまを生きる』(原題 “Dead Poets Society”)に、カルペ・ディエムと「To the Virgins, to Make Much of Time」が登場する。

(開始20秒あたり)

“To the Virgin’s, to make much of time”?

Yes, one somewhat appropriate, isn’t it?

(朗読)
“Gather ye rosebuds while ye may
Old time is still a-flying;
And this same flower that smiles today
Tomorrow will be dying.”

Thank you, Mr. Fitz. “Gather ye rosebuds while ye may.” ― the Latin term for that sentiment is carpe diem. Who knows what that means?

Carpe diem. That’s “seize the day.”

Very good. ….”Seize the day”, “Gather ye rosebuds while ye may,” why does the writer use these lines?

Because he’s in a hurry.

No! Dean. Thanks for playing anyway. Because we are food for worms, lads, because, believe it or not, each and every one of us in this room is one day going to stop breathing, turn cold and die.

(2:47あたり)
Seize the day, boys.
Make your lives extraordinary.


この映画の脚本はアカデミー脚本賞を受賞しており、最後の台詞 “Seize the day, boys. Make your lives extraordinary.” は、歴代映画の名台詞ランキング “AFI’s 100 Years…100 Movie Quotes” で97位に選出されているくらい有名になった。

映画の邦題自体、カルペ・ディエムの意訳を採用している。

小説 “Seize the Day”

“Seize the Day”(邦題:この日をつかめ) はユダヤ系アメリカ人作家ソール・ベローの代表作。主人公は俳優をやっている四十男。本人の自己認識では「すんでのところで」夢かなわず、いつも夢実現の一歩手前にいる。カネに困り、家族とも引き離されてホテル暮らし。その主人公を投資話に誘い込む詐欺師の科白に、カルペ・ディエムは登場する。

Bringing people into the here-and-now. The real universe. That’s the present moment. The past is no good to us. The future is full of anxiety. Only the present is real–the here-and-now. Seize the day.

人々を〈いま・ここ〉という時へ導き入れることができればいい。本当の世界、つまり現在という瞬間へ。過去はもう役にはたたない。未来は不安でいっぱいだ。ただ、現在だけが、〈いま・ここ〉だけが実在のものなんだよ。この時を──この日をつかめ。(『この日をつかめ』新潮文庫、大浦暁生訳)


作者ベローの皮肉なまなざしが感じられる。主人公はホラティウスの求めた厳しい節制の代わりに、享楽的成功物語を追い求めるタイプだ。その男の甘さにつけこんで、カモにしようという詐欺師は、これまたエピクロス主義のかけらもなく、もっともらしい(彼自身は実行する気もない)哲学を説くのみ。

現代に蔓延する空虚な「人生哲学」が “予言” されているように感じられる。

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