【未来社会考】チェコ人セドラチェク氏による新経済社会システム論
一部で話題になっているNHKの異色経済番組「欲望の資本主義」で、ひときわ目を引くのがユーモアを含んだ語り口が魅力的なチェコの経済学者トマス・セドラチェク教授である。
今回は彼の考える未来社会はどんな場所なのか、インタビュー記事を紹介してみたい(全文引用ではなく、インタビュワーの質問は見出し化し、本文も適宜省略している)。トコシエの補足を最後に付す。
道徳的感情に合致した経済システムへの移行を目指そう
出典:Tomas Sedlacek: An Economic System Aligned with our Moral Feelings
世界の現状をどう見ている?
The system that we live in behaves much more like a religious and an ideological system, than an exact science. With this mathematical cover up, economists pretend it to be technical and an exact science. In fact it’s something between ideology and mathematics.
The world today looks a bit like the Catholic Church the night before the Reformation, only we don’t have Martin Luther, we don’t have John Wycliffe.
私たちのシステムは、科学というより、宗教かイデオロギーのように営まれています。 経済学者は数字のまやかしで経済がテクニカルなもの、科学そのものであるかに偽装していますが、実際にはイデオロギーと数学の中間にある何ものかに過ぎません。
いまの世界には、マルティン・ルターもジョン・ウィクリフにいませんが、宗教改革前夜のカトリック教会のように見えます。
なぜトランプが選ばれたと思うか?
Unfortunately, you can only cease to believe something if you have something better to believe in. You can’t live in an ideological vacuum. That’s what we are experiencing today. Maybe Trump is a reflection on that, because people don’t believe the existing system. They are ready to believe anything including the likes of Trump.
He is a very strange representative of the revolt against the system because he is really a representative of the system. It is how desperate people are to find an alternative.
あいにく、何かを信じるのをやめたくても、それよりましなものがなければ無理だということでしょう。人はイデオロギーの真空に住めません。それがいま私たちが経験していることです。 トランプはたぶんそのどっちつかずを反映しています。人々は既存のシステムを信じていないけれど、トランプでも誰でも何か別のものを信じたいのです。
トランプは現在の経済システムの代表者であるのに、そのシステムへの反抗を代表することになった奇妙な存在です。 人々は代替肢を見つけるのに絶望的な困難に直面しているのです。
その現状を変えるアイディアは何か持っているか?
…we lived for centuries in a system where gathering wealth and being aggressive to your surroundings was the optimum strategy. Now it’s beyond clear that this strategy is no longer viable.
We have become a threat to ourselves like no other species. We have become a threat to our surrounding. We are slowly entering a time where this model of aggressive behavior to your surrounding has to be changed. Simply because the planet is moving from a civilization type zero to a civilization type one.
人類は何世紀もの間、環境を攻撃して富を集約することが最適解であるシステムを営んできたわけですが、もうそれではやっていけないことは火を見るより明らかになっています。
他の生物種と違って、人類は人類自身の脅威になっています。同時に環境への脅威になってもいます。緩やかではありますが、環境への攻撃に基づく行動モデルを変えなければいけない時代に入っているのではないでしょうか。地球はタイプ0の文明からタイプ1の文明へ移行しつつあるのです。
宇宙的観点からの文明論
Physicists talk about a civilization type zero as a local civilization. That is harvesting energies that are the easiest to harvest. Civilization number one is a planetary civilization that harvests the energy of the whole planet and also has to think in whole planetary terms. This is something quite new.
物理学者は、タイプ0の文明をローカル文明と捉えています。エネルギーをもっとも得やすいところから得るタイプですね。これに対してタイプ1の文明は、地球全体を考えてエネルギーを得る文明なので最初からグローバルに考える必要があり、それは人類にとってまったく未知の領域ということになります。
タイプ0とかタイプ1という議論の背景にあるのはソ連の天文学者カルダシェフの理論。ある文明がコントロール可能な全エネルギー量の進展に応じて文明を1~3の三発展段階に分類している。
タイプ1文明は「惑星に存在するエネルギーを余すことなく利用する技術を獲得した文明」だが、現状の人類文明は1%にも満たないエネルギーしか利用できないので0.7くらいの等級に位置するらしい。つまりタイプ0の文明である。
詳細については以下のサイトを参照されたい。
文明進展が押し進めるグローバル化
For example, we are coordinated as a planet when it comes to information. The Internet is globalized. There is no government, it doesn’t really matter that you are from America and I’m from India. It functions without any coordination.
There is no government of the Internet, no elders of the Internet, no taxes. There are very little rules on the Internet. But surprise, surprise, somehow the Internet is not a mess. It functions and it has a structure.
たとえば、情報というものに関して人類は地球規模でやり取りを行っているので、インターネットはグローバル化されています。そこに政府はありません。ユーザーがアメリカ人かインド人かは問題にならない。そういう垣根なしに機能するシステムだからです。
インターネットには政府がなく長老がなく税金がありません。そこにはほとんど明確な規制すら存在ない。でも驚くべきことにインターネットはカオスにはなっていません。ちゃんと機能し、構造を持っています。
グローバル化していないのは政治だけ
Arts are globalized. Food is globalized. The economy is globalized. But politics isn’t. We still think in local terms. The challenge of today is to create a system that doesn’t exhaust one another. A system that doesn’t exhaust the future, and it doesn’t rely on exhausting the past; fossil and mineral fuels are the energies of plants and animals from the past.
We need to reshape the system because the situation has changed; it has to be more inclusive. It has to be softer. It has to be more equal. A child born in Czech Republic would get much better treatment than a child born in India or Ukraine. Which makes no sense.
芸術も食べ物も経済もみんなグローバル化していますが、政治だけはグローバル化していません。人々はまだ自国の文脈で考えています。現代の難問は、お互いに消耗しないシステムを築くことにあるでしょう。未来を消耗させず、過去を消耗させないシステムが必要です。化石燃料や鉱物資源は過去の植物や動物のエネルギーなのですから。
状況が変わったのであれば、システムを改造して、より包括的な仕組みにしなければなりません。いまより柔軟で平等なシステムにしてく必要があります。チェコ共和国で生まれた子どもは、インドやウクライナで生まれた子どもより、はるかに良い治療を受けられますが、このままではダメです。
What everybody is looking for is a system, which is aligned with our moral feelings. The whole thing is based on greed, profit, and it’s based on using your situation against somebody. We are looking for a system, which would ideally, automatically, line up profit making with goodness making.
誰もが探し求めているのは、人間の道徳的な感情に寄り添うシステムです。これまでは、すべてが貪欲と利益に基づき、誰かの状況を別の誰かの状況と競わせることを基準にしてきました理想的には、誰かが利益を上げることが自動的に全体の利益になるシステムを見つけたいものです。
未来の仕事や余暇はどうなっていくと思うか?
First, we don’t work anymore. We get paid but most of the work is not hard labor. It’s not dangerous and not physically exploiting you. You are not working for a purpose that you know nothing of, and being ripped from your family and social circles as it was 100 years ago. The difference we will see in the coming 20 or 30 years is exponential.
(※『2036年』という共著をチェコで出版したのだが、まさにそのテーマを扱っていると注釈した上で)まず、人間はもう労働しなくなります。賃金は受け取りますが、仕事の大半は重労働ではありません。危険ではなく、肉体的に消耗もしません。何のためかわからないまま家族や社会のために働かされる100年前とは違います。今後ニ、三十年の間に、指数関数的な変化が起こるしょう。
Second, work and leisure have swapped. If somebody from medieval times would wake up today and see how we work, he or she will come to the conclusion that work is leisure.
A lot of us are sitting in warm offices, drinking coffee, and talking with people or sending information. That share of the economy is becoming larger and larger. That time traveler would have to conclude that eight hours a day we’re prancing around. Then when we get home, that’s when it would most likely appear that we’re working, jogging, and cooking.
第二に、仕事と余暇の地位が逆転します。中世の人が現在に生まれて、私たちの働きぶりを見たら余暇にしか見えないでしょう。
すでに多くの人は空調のきいた快適なオフィスに座ってコーヒーを飲み、同僚と話したり情報を送ったりしています。そうした働き方の割合はどんどん大きくなっていきます。中世の旅人には、人間は毎日8時間、ほっつき歩いているようにしか見えないでしょう。ジョギングやら料理やら、私たちの仕事は帰宅後に始まるのです。
In 20 or 30 years, work and leisure will be indistinguishable from one another. My test of happiness in work is, “If you had enough financial resources, what would you be doing?”
If the answer is: I would be doing what I’m paid to do now, then that person is already working in a field that is indistinguishable from leisure.
今後ニ、三十年の間に、仕事と余暇は見分けがつかなくなっていくでしょう。私の仕事上の幸福度テストは「財政的に満たされたとして、お前は何をしたいか?」です。
もし答えが「いま自分が給料を得ている仕事をそれでも続けたい」ということであれば、それは余暇と区別できない種類の仕事をしていることを意味します。
ベーシックインカムも選択肢のひとつか?
I have discussions with a Swiss friend of mine who’s researching basic income. It should be global. It should be an income that a Chinese, Indian, Russian child should be getting alongside a European or American child. Then, it would begin to make sense to me.
It would completely change the flow of investment. Currently, there is demand in Russia, China, and Africa, but that demand is unsupported by money. The economy does not need only production, it needs demand; this would work well for us. It should be something that we should think about, definitely.
ベーシックインカムを研究しているスイスの友人と話し合っています。ベーシックインカムはグローバル規模で実施しないといけません。 それは中国、インド、ロシアの子どもが、ヨーロッパやアメリカの子どもと同じ生活・教育水準になる収入である必要があります。そうなるのであれば、ベーシックインカムは意味があると思います。
ベーシックインカムで投資の流れが完全に変わるでしょう。 現在、ロシア、中国、アフリカには需要がありますが、その需要がお金でサポートされていません。経済には生産だけでなく需要も必要ですから、ベーシックインカムはうまく機能すると思います。その意味でベーシックインカムは間違いなく検討すべき方策だと思います。
将来、労働量が減るとなると、人間は何に時間を使うと思うか?
Substitution of human labor by artificial intelligence, machines, and robots is going to happen. Classical human labor will be obsolete. As we started this interview, there must be a new debate.
What will we be doing? One option would be the profits from machine labor could be considered as a property of mankind, not one particular person. That could be the source of a social net.
Which then, will sustain mankind as such? Hopefully, we will no longer care where a child was born and the color of his/her skin.
すでに人工知能、機械、ロボットが人間の労働を代替しつつあります。今後、古典的な意味での人間の労働はなくなっていくと思います。最初に言ったように、この点で新たな議論が必要です。
将来の人間は仕事の代わりに何をするのか? 機械労働が生みだす利益を、特定個人ではなく公共の資産に帰属させるというのがひとつの選択肢になるでしょう。その資産を社会ネットワークの財源にするわけです。
その場合、人類はそういうシステムを維持できるかという疑問が出てきます。私の希望をいえば、将来、人類は出生地や肌の色を気にしなくなっていくはずです。
国籍を問わない人々が増える一方でイギリスはEUを離脱し、アメリカはトランプ大統領を選んだのはなぜだと思うか?
Yes, exactly. That is what’s so disappointing. It is exactly these two events that look like we are going backwards.
This is the challenge, exactly. It is something that scientists have used to discuss the Fermi Paradox. The transition from planetary type zero to planetary type one is a huge civilizational filter. Either we’ll be able to talk with each other, or we’ll blow each other up.
まさにご指摘の通りで、とてもがっかりしました。この2つの事件は時計の針を巻き戻す行為に見えます。
大きな挑戦ですね。これは科学者がフェルミ・パラドックスという枠組みで議論している点です。タイプ0文明からタイプ1文明への移行は、巨大な文明フィルターを通じて実現します。フィルターとは、お互いに話し合うのか、殴り合うのかの違いというです。
簡単にいうと、この宇宙に人類以外の知的生命体はいるのかを探るための理論。「こんなに広大無辺で数兆とも数十兆ともいわれる恒星の存在する宇宙には人類以外の宇宙人が存在するはずなのに、これまでその存在が科学的に確認されていない。明らかに矛盾である」。
このパラドックスへの答えは大真面目に探求されており、様々な仮説がある。
いわく「そもそも宇宙人は存在しない」「いや、何らかの制約か意図により来ていないだけだ」、「いや技術的困難で地球に到達できていないんだ」。
いわく「存在したけれども時代が異なっていたから観測できないだけだ」。
いわく「すでに地球にきているけど知らされていないだけだ」。
いわく(2017年最新仮説)「知性の究極形態はデジタル化だから宇宙人はもう肉体としては存在していない(情報として存在している)。しかし高度な情報処理には強力な冷却能が欠かせないから、然るべき寒冷期が来るまで彼らは休眠している」。
目が点になりそうだが、興味の尽きない話ではある。
参考:エンリコ・フェルミ
I thought the European Union was a beginning of the planet’s integration. At least the European countries were learning how to speak with one another, on a volunteer- and non-violent basis.
What I thought was a beginning of a global communication, suddenly looks like it was the maximum that we could handle. America becoming more open, and suddenly, the leaders of the open world say, “No, no, no, it is too open. We wanna build walls, we wanna close doors, we know better, and we don’t want to talk with the rest.”
個人的にはEUが始まったとき、地球の統合が始まったと考えました。少なくともヨーロッパ諸国は、自発的かつ非暴力的に相互対話を学び始めた、と。
ところが、私がグローバルなコミュニケーションの始まりだと考えた時点が、実は限界点だったように見え始めました。アメリアもどんどんオープンになっていたのに、突然、オープンだったはずの世界の指導者たちが「違う、違う、オープン過ぎる。壁を作りたい、ドアを閉めたい。知識は十分に得たから話し合う必要なんかない」と言い始めたのです。
サプライズの結果、何か学習できたか?
How mental residuals from the past that make no logic at all are still functioning and driving our behavior. The whole idea of a nation states…it’s not even an old idea, but it has such gravity. It could be argued that it brought more harm than good. Yet, we are fixated on it. We can’t think in global terms.
道理の通らない過去の残滓が人の精神に巣食い、私たちの行動を左右しているのではないでしょうか。ネーション=ステートなんて考えはそもそも古くからある考えですらないのですが、とてつもない重力を生んでいます。益少なくして害多しです。それでも人間はそこから踏み出そうとしない。(政治的文脈では)グローバルに考えることができないのです。
自分のプロフェッショナルDNAと呼べるような影響を受けた人は誰か?
Chuck Palahniuk, the author of Fight Club. I like the way he punks and questions everything. It’s been a huge influence in my life. These are the influences that usually impact much more than the academic books that you read. It often happens that an academic is influencing an artist. It also often happens that an artist influences an academic.
『ファイトクラブ』を書いたチャック・パラニュークですね。彼のパンクっぷり、すべてを疑う生き方が好きです。私の人生に大きな影響を与えました。学術書をかるかに超える影響を受けました。学者がアーティストに影響を与えることがよくるように、その逆も真なりです。
パラニュークに会ったことがあるか?
Only a month and a half ago, I was moderating a literature event where he was one of the guests.
It may surprise you, but I do believe in the invisible hand. Not of the market, but of society.
There is some self-regulatory force that doesn’t function perfectly; there are still wars and violence. At the end of the day, we’re still here, and we are regulating each other. When society becomes too corporate, a generation of hippies will be born, and nobody can plan this. It happens spontaneously. It’s invisible.
たったひと月半前に、彼がゲストの一人であった文学イベントの司会をしました。
こんなことを言うと驚かれるかもしれませんが、私は「神の見えざる手」を信じています。市場の見えざる手ではなく、社会の見えざる手ですが。
この地球には何らかの自己規律能力がある。でも完全には機能していないから、いまだに戦争と暴力がある。で結局、現状のようになる。人間は相互規制の段階にあるわけです。社会が企業化しすぎたからヒッピー世代が生まれた。誰も計画したわけじゃない。それは自然発生したのです。まさに「見えざる手」の為せる業でしょう。
社会内で働く見えざる手
Sometimes politics is saved by art, that’s what happened in my country [Czech Republic] in 1989. Artists largely led the anti-communist movement. In other situations, it’s when politics help businesses: bank bailouts in 2009.
We influence each other in all areas of society. We have to keep the communication channels open, by listening and respecting each other. We know that there is a situation where you might help me in the next century. That view disallows us disrespecting each other and being aggressive towards each other.
政治はときに芸術によって救われます。私の国(チェコ共和国)で1989年に起こったように。反共産運動を率いたのは主に芸術家たちでした。違う状況の国では、政治がビジネスを助けます。2009年の銀行救済措置がいい例です。
人間は社会のあらゆる分野においてお互いに影響し合っています。お互いの言うことに耳を傾け、お互いを尊重するようなコミュニケーションの通路を開いておく必要があります。次の世紀には誰が助けてくれるかもわかりません。そのように考えるとき、お互い蔑み合い、相手を攻撃するような姿勢はありえません。
今後の抱負は?
Traveling the world trying to put people together thinking about the way forward. It’s the task of our generation to put ethics in place. If for nothing else, then because of artificial intelligence, we need to make clear ethical rules. Which is something that we’ve never managed as mankind.
世界の力を結集して未来について考えることです。倫理を機能させることが私の世代に課せられた仕事です。他でもない人工知能への対策として、倫理ルールを明確化する必要があります。人類がこれまで管理したことのない対象を管理するわけですから。
We need to think about changing the system. If again, for nothing else, because of new technology is going to change our classical and built-in perception of society.
Let’s make sure that we pick the best from our society; strong family values from Russia and China, but not their politics, for example. We need to make sure that the best properties in a nation will be the ones that will be shining forth.
真剣にシステムの変更を考えるべきときです。たとえ他が変わらなくても、新技術は否応なく、私たちに植え付けられた古典的な社会に関する認識に変化を迫ってきます。
社会から最高のものを選ぶ努力をしましょう。たとえば、ロシアや中国が持っている家族に関する強い価値観は尊重しますが、彼らの政治は尊重できません。各国の最も優れた特性こそが輝く未来にしていかねばなりません。
<記事引用終わり>
チェコ人らしい(?)リベラルに偽装されたバランス感覚
小耳に挟んだところでは、チェコ人の気質は日本人に似ているそうだ。靴を脱いで家で生活している点から始まって、控えめで自己主張が激しくない。ナショナルな感情は人一倍強く(戦後の日本人はそう見えないかもしれないが、世界標準で見れば十分保守的だとか)、ヨーロッパでも突出して無宗教度の強い民族だという(これは日本人もそう)。
共産主義の影響もあるだろうが、国民の7割以上が特定の宗教を信じていない(必ずしも無神論者ではない)というから、この点でも一見日本人に似ているように見える。しかし、その背景はまったく異質だろうと思う。それはチェコ人の苦闘のあゆみが物語っている。
チェコ人の宗教観
ハイライトになってしまうが、14世紀、プラハは絶頂期を迎え、神聖ローマ帝国の皇帝にまだ登りつめた(国王カレル1世が神聖ローマ皇帝カール4世に即位)が、その後、ドイツの支配下に入る。
15世紀、教会はドイツ人が牛耳るところとなり、引用記事でも言及していたイギリスのウィクリフの影響を受けたカレル大学総長のヤン・フス(Jan Hus)が教会改革を断行、ドイツ人を国外追放して教会の世俗権力を否定する。このことがローマ教皇の逆鱗にふれ、フスは火あぶりで処刑される。フスの惨殺は尾を引き、フス戦争に至るも、戦争終結後、プラハ教会はオーストリア・ハプルブルク家の支配に置かれることになる。
30年戦争
17世紀に入ると、チェコ内に増えていたプロテスタントが弾圧を受けカトリックへの改宗を迫られると、とうとう30年戦争が始まる。
この宗教戦争のことは、その戦後処理のウェストファリア(ヴェストファーレン)条約とともに、英語学習者は必ず覚えておきたい。日本史でいえば関ヶ原のようなもので、歴史を画期したイベントである。英語版のwikipediaでは次のように紹介されている。
One of the longest and most destructive conflicts in human history, as well as the deadliest European religious war in history, it resulted in eight million fatalities.
終戦後、チェコはハプスブルク帝国の絶対王政下に入ることになる。結局、チェコ人のカトリック嫌いはくすぶったまま放置されることになったのだ。
この例に限らず、共産主義国家時代の「プラハの春」事件にも見られるように、チェコ人は何かを信じても報われない歴史をかいくぐってきている。その代償は国家の壊滅的打撃、疲弊、荒廃である。神を信じられなくなっても仕方ないのではないか。
元来、風光明媚な土地柄である。地政学的な重要性が災いして周辺の干渉を受けざるをえなかったが、本当ならまったり暮らせる土地柄なのだ。
ナショナリズムへの複雑な思い
若い世代らしくパンクなアメリカ作家に影響されたというセドラチェク教授。数学的外装で欲望の充足のみを追い求める経済システムから、人間的感情に沿ったタイプ1文明を準備するような “地球大思考” の経済システムの構築を、という主張である。
大方違和感はないのだが、ナショナリズムを徹底的にくさしているのが気になった。もし未来の社会が無国籍人の群れとして営まれるのであれば、それこそ教授の主張とは逆に個々人の「道徳的感情」に沿わない社会になっているのではないか。無用な労働から解放されるのは歓迎だが、ナショナルなものが死物視される社会で余暇を送るのは本当に楽しい人生だろうか?
ただチェコ人の歴史は、言ってみれば、ナショナリズムに傾くとロクなことが起こらない歴史であり、慎重になるのもわからないでもない。リベラルな言説は安心して公にできるご時勢だし、額面通りには受け取らないことにする。きっとナショナルな感情は「見えざる手」などと煙にまいて温存するという、これまた日本人に近いバランス感覚なのだろう。
ブックガイド
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善と悪の経済学
セドラチェク教授の名を一躍高めたベストセラー本。いまは不安の時代を反映してか、若い世代による通史や文明論が売れるようだ。本インタビューを読む限り、この人はきわめて常識的な見解の持ち主である。
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