【文化考】芥川龍之介「神神の微笑」と無思想の思想

芥川龍之介に「神神の微笑」という小品がある。近世のキリスト教布教を扱ったキリシタン物といわれる作品群のひとつだ。
主人公のポルトガル人宣教師オルガンティノは布教を続けながらも、日本の宗教風土に漠とした不安を感じ、幻視に悩まされている。

スポンサーリンク


宣教師の口をついて出るもの

一篇の主題は、二回目の幻視に現れる老人霊の、次の科白にほぼ尽きている。

英訳出典: Akutagawa A Week

“Many men will convert. But speaking of conversion, the people of this land have largely converted to the teachings of Buddhism. But our power is not that of destruction. It is that of change.”

「それは何人でも帰依するでしょう。ただ帰依したと云う事だけならば、この国の土人は大部分悉達多したあるたの教えに帰依しています。しかし我々の力と云うのは、破壊する力ではありません。造り変える力なのです。」

日本の精神風土が「破壊せず造り変える力」とは言いえて妙である。一方で、キリスト教の強さがその(異教を)「破壊する力」にあると言っているに等しい。
実際、キリスト教に限らずアブラハムの宗教は精神分析の対象にせざるを得ないような病的なところがある(事実ユダヤ人フロイトを通じて精神分析そのものを生みだした)。その病的な信仰が彼らの強さであり、何が何でも押し通すパワーを生んでいる。のんびりした多神教が負けるわけである。
芥川がさすがだと思うのは「作り変える力」を宣教師の内面に託して描いていない点だ。オルガンティノはいかにもカトリック教徒らしく異教(pagan)への関心がまったくない。彼がほめるのは日本の風物だけであり、日本人は一切関心の対象でない。彼に関心があるのは、売上至上主義の営業部長のように、自分が何人信者を増やせるかだけなのである。
短い作品の大半はオルガンティノの内面描写と幻視によって構成されている。
「神神の微笑」の構成:布教拠点である南蛮寺の庭→幻視(桜)→南蛮寺の庭→幻視(天岩戸神話のアメノウズメの踊り)→幻視(老人の霊との対話)
先の「造り変える力」の科白は老人霊が終わり近くで発するのだが、むろんオルガンティノは承服しない。しかし彼が十分に「作り変える力」の影響を受けていることが、彼の無意識の呼びかけに歴然と示されてしまうのである。

“Amen, Enlightened God, light of our life, of great compassion and great mercy! When Thine humble servant departed from Lisbon, I offered my life to Thee. Because of this, no matter what hardships have befallen me, the light of Thine Sign of the Cross has allowed me to progress without faltering. Naturally, this is not my work alone. All on earth and in Heaven exists due to Thine glory.

南無大慈大悲の泥烏須如来なむだいじだいひデウスにょらい! 私わたくしはリスポアを船出した時から、一命はあなたに奉って居ります。ですから、どんな難儀に遇あっても、十字架の御威光を輝かせるためには、一歩も怯ひるまずに進んで参りました。これは勿論私一人の、能よくする所ではございません。皆天地の御主おんあるじ、あなたの御恵おんめぐみでございます。

しばらく後、彼はまた神に呼びかける。

But somehow it is spread all throughout this country, like the waters of an underground spring. If this power is not first defeated, O Enlightened God, light of our life, of great compassion and great mercy, these heathen Japanese may never find their way to Heaven. For many days I have been worrying and worrying about this. I beg that Thee could somehow find it to grant to your lowly servant Organtino bravery and endurance?“

が、とにかくその力は、ちょうど地下の泉のように、この国全体へ行き渡って居ります。まずこの力を破らなければ、おお、南無大慈大悲の泥烏須如来デウスにょらいなむだいじだいひのデウスにょらい! 邪宗に惑溺した日本人は波羅葦増はらいそ(天界)の荘厳しょうごんを拝する事も、永久にないかも存じません。私はそのためにこの何日か、煩悶はんもんに煩悶を重ねて参りました。どうかあなたの下部、オルガンティノに、勇気と忍耐とを御授け下さい。――

オルガンティノが日本で宣教していなければ、あるいは、彼が日本人切支丹の影響を受けていなければ、「南無大慈大悲泥烏須如来」という呼びかけは絶対出てこないはずである。デウスは、彼らの中で如来に「造り変え」られている!
芥川は老いた霊に科白を吐かせる前に、さりげなく伏線を貼っていたのである。最初の幻はヤマザクラ、次の幻は天岩戸前での乱痴気騒ぎ。いずれも日本を代表する要素である。それを拒むかに見えるオルガンティノは、思わず「南無大慈大悲の泥烏須如来」と発してしまう。この機微が絶妙にうまいと思うのである。

交流の不可逆性

宗教は人間文化の深い部分に直結しているから、宗教の交渉が軋轢を生むのは当然だ。この小説の舞台になっている16世紀頃は、宣教師の手によって日本人が奴隷化されフィリピンや東南アジアへ売り飛ばされていた事実も確認されているから、経済的摩擦も随伴していたはずだ。

人間の異文化交渉はこういうかたちでしか進まないのである。日本人がさかんに「土人」と呼ばれているように、オルガンティノの時代は欧州が平気で日本を見下せる国力の差があった。にもかかわらず、オルガンティノは幻視にさいなまれるほどに衰弱しており、無意識のうちに「如来」と呼んでしまうくらい日本に影響されていた。

文化的抵抗力とはそうしたものだろう。それは日本人が魂と呼び、彼ら西洋人がソウルと呼ぶレベルにまではまだ達していないだけ救いがあるのである。日本側も、この後、織田信長や豊臣秀吉によって切支丹の布教が禁じられていくように、魂の深部まで冒されるような感覚には陥っていない(参考:バテレン追放令

明治開国後の苦悩

むしろ日本人がアイデンティティ・クライシスに直面するのは、全面開国へ舵を切った明治維新以降である。

芥川の生きた時代は特に大変だった。開国して半世紀が経っている。二日酔いが直らないほどのスピードで西洋の文物を輸入した挙句、この当時は社会主義の暴風が吹き荒れていた。唯物論がキリスト教への挑戦なのであれば、日本はキリスト教とよく知りあう前に、棄教を迫られるような股裂き状況に置かれていたのである。

鋭敏な芥川は生涯キリスト教にこだわっていた(作家生活を通じて “キリシタン物” と呼ばれる作品群をものした)。彼の関心は殉教から棄教、そして最終的にはキリストその人へと移っていく。遺作はキリストの生涯を断章でつないだ「西方の人」だ。

ここには「人の子」でありながら人の子ならざる超越的な次元へ超え出ようとするひとりの人間としてのキリストが描かれている。そのような生き方は矛盾の塊であるが偉大である。

キリストは徹頭徹尾、現場で思想を体現する “ジャーナリスト” なのだと芥川は言う。これは芥川がいくらキリストを愛していようが、芥川とは無縁の資質である。彼は社会主義の台頭でそれなりに悩み、文献なども読んだようだが、社会改良の方面にはついぞ本質的な関心を持たなかった。

このような非(脱)社会的傾向は日本人一般に通底する資質であるともいえる。日本では思想を文字通り生きる人、いわゆる行動する人は尊ばれない。それはなぜか?

近代文学者たちの自己批判

坂口安吾の表現を借りれば、以下のような理由による(引用は青空文庫「思想と文学」より)。

人間通の文学というものがある。人間通と虚無とを主体に、エスプリによって構成された文学だ。日本では、伊勢物語、芥川龍之介、太宰治などがそうで、この型の作者は概して短篇作家である。
虚無というものは思想ではない。人間性に直属するもの、いわば精神的人間性というような原本的なものだろうと私は思う。
思想というものは別物で、これは原本的なものではない。よりよく人生を構成発案して行こうとするもので、やってみたって、タカが知れている、そう言ってしまえば、まことに、その通り、タカが知れてはいる。無限の人間の時間にくらべれば、五十年の人生は、いつもタカが知れているのである。

日本文学は古来人生を白眼視の悟り屋に敗北しているから思想性の文学が起らなかった。

要するに日本文学は、社会に働きかけることなく、自然の中へ埋没しそれに流されて生きることを選ぶ、隠者の文学だというのである。

同様の批判は萩原朔太郎も書いている(引用は青空文庫「ニイチェに就いての雑感」より)。

真の意味の哲学者とは、哲学を学問する人のことでなくして、哲学する精神を気質し、且つメタフィヂックを直覚する人のことである。即ち真の哲学者とは、所謂「哲学者」の謂でなくして「詩人」の謂である。詩人こそ真の哲学者であると。文学者がもし真の文学者であるならば、このベルグソン等の意味に於ける哲学者でなければならない。

ところが日本の文壇には、その哲学者が甚だすくないのである。日本人は昔から「言あげせぬ国民」であり、思考したり哲学したりすることを好まない。日本の詩人は、芭蕉、西行等の古から、大正昭和の現代に至るまで、皆一つの極つた範疇を持つて居る。その範疇といふのは、単に感覚や気分だけで、自然人生を趣味的に観照するのである。日本の詩人等は、昔から全く哲学する精神を欠乏して居る。そして此処に詩人と言ふのは、小説家等の文学者一般をも包括して言ふのである。

ここでは、哲学する精神から「メタフィヂックを直覚する」「詩人」がニーチェのような哲学者であり、日本の文学者はそのように「メタフィヂック」を思念することを嫌い、自己の感覚の範疇で自然や人生を眺めるだけだと批判されている。

以後、戦後になっても、このような日本人の無思想性、あるいはメタフィジックス(形而上学)への拒否反応はさかんに批判され、”反省” されてきた。当然の帰結として、西欧の思想性や形而上学の伝統に学べという結論になるのだが、トコシエにはそれが当たっているようで当たっていないように思われる。

現象的には坂口安吾や萩原朔太郎のいうことは正しい。日本人の特質をよく見抜いていると思う。ところが、すんでのところで取り逃がしているのは、まさにそれこそが日本人の思想性なのだという点なのである。

無思想という思想

冒頭に掲げた「神神の微笑」でオルガンティノが不安におびえる不気味なものの正体こそ、この日本人の自然に従うという無言の思想なのである。それは一神教との宗教観、あるいは世界観の差異から来ている、というしかないものだ。

ニーチェの告発と苦悩

ニーチェがこだわっていたのも実はそこだろうと思う。彼にはキリスト教の病理が見えていた。彼は言っている。キリスト教は最初からイエスの殉教という負債を背負って始まり、その返済に追われているから原罪意識を作り出した。それは変ではないか。

こうも言った。キリスト教の道徳観念は債務者と債権者の関係、すなわち奴隷と主人の関係性として規定されていると述べ、そうした規定のなかで弱き者に対して神に従うよう脅しをかける在り方を批判した。そんなものは欺瞞ではないか。

だから、もっと強く、明るく生きなければいけないと、いわゆる超人思想を主張したのだが、そのときニーチェが脳裏に描いていたのは、おそらくギリシャ神話 “以前” の、太古人の精神性なのである。

そしてそうした、形而上学に囚われる以前の、太古人の精神性をどうにかこうにかつなぎとめようとしてきた文明こそ日本なのである。日本で仏教が変質したのは、こうしたとめどもなく古きものを少しでも現在にとどめようとする日本精神による同化作用であって、それを芥川は「造り変える力」と呼んだのだろうと思う。

ニーチェは「破壊する力」の文明に生まれ死んだ人である。彼はいくら拒んでも、一神教が抱え込んだ破壊性から逃れられない。この破壊性は、裏を返せば構築への意思であり、社会はデザインできるという信念だともいえる。

西欧において革命が可能なのは何度破壊してもデザインし直せるという信仰があるからである。その意味においては、形而上学に対立すると思われているマルクス主義の唯物論も非常に西欧的なメタフィジックな発想に貫かれている。

ルーツの否定が強迫神経症的なリアクションを生む

西欧の鋭敏な知性が、なぜここまで本源的なレベルで苦しむのかといえば、ギリシャ以前と以後を分け、ギリシャ以前を切り捨てたからだろうと思う。

既にはっきりしていることだが、言語的に見れば、欧州文明のルーツはイラン=インド系の精神文明にある。キリスト教にもミトラ教など古層の宗教の影響は色濃い。しかし彼らはそのことを認めたがらない。もう2000年間、異教、悪魔、異端としてそのようなルーツを拒絶してきたからだ。だからそれは強迫神経症のようなかたちで外へ向かって発散されることがある。

日本には、そうした欧州的な原郷否定の意識はない。一応表向きは中国あたりにルーツを求めることになっているが、いつも本音では半信半疑である。そのせいもあるのか、西欧的な革命や構築ははなから放棄されている。

日本人は自然を対象化しないのだ。日本人のなかで、人間は自然の一部であり、だからこそ山や石や川や虫や草や木はすべて神なのである。

自然(じねん)と自然(しぜん)を受け継ぐ日本人

驚くべきことに、明治に入るまで、”nature” に対応する日本語は存在しなかった。自然(しぜん)は仏教の自然(じねん)から援用された訳語に過ぎないのである。日本人がいかに自然と一体化した意識を持っていたかわかるだろう。

日本では学者には大した思想家がいないのに、職人や芸術家には端倪すべからざる思想家が多い。後者が自然(じねん)と向き合い、自然(しぜん)と呼吸を合わせながら働いているからだろう。

いや、土建屋は山を削り木を倒し、それでダムを作り道路を造って国土を改変して平気じゃないか。東京のどこにそんな自然への服従が残されているんだ。モグラのように地下を縦横に掘り進んで地下鉄だらけじゃないか。そういう声が聞こえそうである。

ご指摘の通りなのだが、それでも、基本的な部分は変わっていないだろうと言うしかない。なぜなら現代でも、日本人は相変わらずキリスト教を横眼で眺め(キリスト教徒は全人口の2%にも満たない)、そのバックボーンたる破壊=革命の思想を受け付けていないからである。それが日本人の素の状態なのである。トコシエ自身、いくら英語とつきあってもこうした傾向は変わらない。

芥川は典型的な近代的インテリだったし、相当程度に自意識の強い人間だった。しかし、ぎりぎりのところでこの日本精神に奉じていたと思う。