【英語学】 固有名詞学と英語人名の変遷

(アイキャッチ画像出典:https://www.telegraph.co.uk)

当サイトも英語サイトの端くれなので、英語そのものについても書いてみようと思う。みなさんの後学のためになり、面白そうなものということで、歴史学、言語学、語源学、固有名詞学(人名学、地名学、水名学など)などを切り口にしたい。

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固有名詞学は面白い

名前は奥が深い。人間が自然界にあって何者(何物)かを識別するための最も基本的な情報だからだ。

固有名詞学(onomastics)

その名の通り、人間がつけた固有名(proper name/noun)を研究する分野で、以下のような研究領域に分かれる。

人名学(anthroponymy)

固有名の中でも人名(姓や名)を探求する。命名は文化によって異なり、文化のクセを反映するだけでなく、出自、身分、職業などを探求する手がかりにもなる。英語人名の変遷については後述する。

地名学(toponymy)

「土地は記憶している」はタモリの名言だ。たしかに地名は古い記憶を保存しており、過去を探る際の最有力データとなりうる。地名には、自然条件、地勢、地形、歴史(人間の移動の軌跡、支配被支配関係の変遷など)が反映する。

以下のページを確認してもらえばわかるが、接頭辞や接尾辞に基づいてつけられた地名がたくさんある。しかも様々な時代の異なる言語がルーツになっている。

たとえば、古いイングランドの行政区分は “-shire” で終わる。Hampshire、 cambridgeshire、Yorkshireなどだ。”-shire” は七王国時代、アングロ・サクソン人がウェセックス王国を樹立したとき、王国内の行政区につけた接尾辞だ。後にイングランド全体に広まった。現在のcountyに相当する。

あるいは、Elton、Brighton、Prestonなどに付く “-ton” は「私有地」「敷地と家」などを意味する古英語だ。Kirkwall、Ormskirk、Colkirkなどを構成する “kirk” は「教会」を意味する古ノルド語だが、Westminster、Leominsterなどに付く “-minster” となると「大きな教会」を意味する古英語だ。

水名学(hydronymy)

河川、湖沼、海湾などの固有名を探求する。川や海の名前にもユニークな由来(語源)が秘められていることは珍しくない。

以上、固有名詞学は歴史学、考古学、人類学、言語学などと密接な関係にある。当然といえば当然だろう。歴史とは人の定住や移動の痕跡であり、人間関係の複合の結果なのだから。

英語の人名の変遷

イギリスの人名の変遷を以下の記事をもとに紹介しよう。

古英語の時代

The Angles and Saxons were continental Germanic tribes who began settling in Britain in the 5th century. They absorbed or displaced the native Celtic population, who had for several centuries been under Roman rule. The Anglo-Saxons used Old English Germanic names.

5世紀、ローマ帝国撤退後のグレートブリテン島に、大陸にいたゲルマン系アングロ・サクソン人が進出。それまで3世紀以上ローマ支配に甘んじていたケルト系原住民のブリトン人を吸収もしくは追放した。アングロサクソン人は名前にゲルマン系の古英語を使った。


アングロ・サクソンという呼称が一般化しているが、厳密にいうと、やってきたのは北ドイツ出身のアングル人(Angles)、北ドイツ出身のサクソン人(Saxons)、南デンマーク出身のジュート人(Jutes)、北海沿岸部出身のフリジア人(Frigians)、フランク人(Franks)などである。

「angle saxon jute」の画像検索結果

出典:wikipedia commons

原住民だった人々はケルト系ブリトン人(ancient Britons、British tribes)であり、この後、アングロ・サクソン主体のイングランド人と争い続け、やがてイングランドをとり囲むように、スコットランド、アイルランド、ウェールズというケルト系諸国を築くことになる。

ピクト人とハドリアヌスの長城

なお、地図のグレートブリテン島北部のPictsとあるのは、後にスコット人(Scots)と混血してスコットランドを形成するピクト人である。ピクト人はAD1世紀にローマ帝国が侵入してきたとき、領地を守った勇猛な人々である。だから、いまでもローマ人が築いたイングランドとスコットランドの国境(防護壁)はいまもハドリアヌスの長城(Hadrian’s Wall)として残り、世界文化遺産に認定されている。

出典:English Heritage

ローマ撤退後の七王国時代(Heptarchy)

In the late 8th century Vikings began raiding England. Eventually they started settling in the north and east, bringing with them Old Norse names. Some of these Scandinavian names permanently joined the pool of English names.

8世紀後半、ヴァイキングが侵略。ブリテン島の北東部に定住し、古ノルド語の名前を持ち込んだ。以後、スカンディナヴィア系の名前が英語人名の一部を構成するようになった。


ブリテン島を侵略したヴァイキングとはデンマーク原住のデーン人(Danes)を中心として、ノルウェー原住のノール人(Norse、Northmen)、スウェーデン原住のスウェード(Swedes)などの混成部隊であった。アングロサクソン側の呼称は大異教徒軍団(Great Heathen Army)。海賊の一般イメージと異なり、彼らはもともと漁民ないしは農民で、交易に活路を求め海に進出した人々であったという。

「viking invasion of britain」の画像検索結果

出典:BBC Bitesize

ノルマン・コンクエスト(Norman Conquest)

The Norman Conquest of England took place in 1066. The Normans became the new ruling class, and many of their Germanic names replaced the Old English ones. In fact most Old English names ceased to be used within the next several decades.

11世紀、ゲルマン系ノルマン人が進出し、支配層になる(ノルマン・コンクエスト)。その際、古英語の人名はゲルマン系ノルマン語に置き換えられた。以後数世紀のうちに古英語の人名は廃れていった。

関連画像

出典:BBC Bitesize

Though Christianity had long been established in Britain, Christian names did not become very common in England until the 13th century. The Church encouraged parents to give the names of saints to their children. These names were often of Ancient Greek, Latin or Hebrew origin.

キリスト教への改宗後もイギリスは長くクリスチャン名(洗礼名)はほとんど人名に使用されなかった。13世紀頃、教会が聖人の名前を子どもにつけるよう推奨したため、クリスチャン名が使われるようになったが、その多くは古代ギリシャ語、ラテン語、ヘブライ語に由来する。

イングランド国教会、清教徒革命の時代

The Protestant Reformation began in 1517. In England king Henry VIII split with the Catholic Church and created the Anglican Church with him as its head. Protestants generally placed more emphasis on scripture and revered the saints less, so biblical names came into fashion. The fundamentalist Puritans of the 17th century used even more obscure biblical names from the Old Testament and also virtue names, such as Charity and Patience.

16世紀前半、宗教改革が始まり、ヘンリー8世はカトリックからイングランド国教会(英国聖公会)を分離し自ら首長となった。プロテスタントは聖人よりも聖書を重んじたため、聖書に由来する命名が流行した。

17世紀、原理主義的な清教徒は、旧約聖書から採った難解な名前や(Charity、Patienceなどの)徳目から名前をつけることを好んだ。

Henry VIII's Protestant leanings as well as his Catholic belief.

出典:BBC Bitesize

The trend of using surnames as given names started in the following years. This practice has traditionally been more common in America than Britain.

その後、姓を名前にすることが流行りはじめた。伝統的に、これはイギリスよりもアメリカで一般化した習慣である。

18世紀~現代

During the 18th and 19th centuries many older names were revived. Also, names from literature and mythology became more common. In the later 19th century, during the Victorian Age, some vocabulary words began to be used, such as those of flowers and gemstones.

18~19世紀には古めかしい名前が復活し、文学作品や神話を材料とした命名が定着した。19世紀後半のヴィクトリア時代になると、花や宝石など一般名詞から名前をつける習慣が生まれた。

In modern times the stock of English names has been enlarged by invented names, variants, and borrowings from other languages.

現代では創作名、異綴り(例:SidneyをSydney)、外国語からの借用名などがストックに加わり、名前の選択肢が拡大している。

<記事引用終わり>

この人名史を見てもわかるように、イギリスではあまりローマ帝国に支配された時代(AD43~410年)について多くを語りたがらない。資料が少ないというのもあるだろうが、ヴァイキング出自の人々を含め今日のイングランド主流派は、血脈がキリスト教化に最後まで反抗した北方諸国につながっているから複雑な思いがあるのだろう。

しかし、イギリスには想像以上に多くのローマ人の足跡が残されているので、それについて後日取り上げたい。