【サタンの語源学01】ローリング・ストーンズ「悪魔を憐れむ歌」と太宰治「誰」

2019-01-29♪音楽, 宗教, 文明文化の話, 歴史, 語源学

演劇でも小説でもテレビドラマでもヒーローはヒールがいてこそ輝く。キリスト教も同じだ。悪魔(satan)がいて神やイエスが引き立つ。もし天使(angel)が付いていなかったら、むさくるしい坊主だらけの教会に誰が近寄っただろうか?

ひとくちに悪魔と言っても、英語には主なものだけでsatan、devil、demonの三種類がある。これらの違いは何か、語源と歴史から探ってみようというのが今回の企画だ。悪の世界に対して善の世界はいささか単調で、そこには天使しかいない。

 

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ローリング・ストーンズ「悪魔を憐れむ歌」

語源学は後回しにしてまず悪魔の用例を紹介しよう。ポピュラー音楽の世界で悪魔といえば、真っ先に思い浮かぶのがこのローリングストーンズの曲だ。

邦題は「悪魔を憐れむ歌」。いかにも洋楽レコード会社らしいいい加減なタイトル。意味的には「悪魔に同情してやれ」である。おそらく1960年代末という当時の時代状況に配慮した結果、”穏便な” タイトルに落ち着いたのだろう(と勝手に解釈しておく)。

まず、オリジナルの歌詞と拙訳を掲載し、その後に注釈を入れることにする。

“Sympathy for the Devil”

Written by Keith Richards and Mick Jagger

Please allow me to introduce myself
I’m a man of wealth and taste
I’ve been around for long, long years
Stole many man’s soul and faith

私をご存知ですか?
趣味の良いお金持ちでございます。
もう長く長く生きてまいりまして
たくさんの人間から魂と信仰を奪いました。

And I was ‘round when Jesus Christ
Had his moment of doubt and pain
Made damn sure that Pilate
Washed his hands and sealed his fate

イエス・キリストが神を疑い苦悶に呻いだ
あのときもその場におりました。
私がピラトに手を洗わせ
イエスに引導を渡してやったのでございます。

Pleased to meet you
Hope you guess my name
But what’s puzzling you
Is the nature of my game

はじめまして。
私の名前はご存知ですね。
あしからず。
私のゲームは人間を惑わせる性質(たち)でして。

I stuck around St. Petersburg
When I saw it was a time for a change
Killed the Czar and his ministers
Anastasia screamed in vain

サンクトペテルブルグにも徘徊しておりました。
変化の時来たりというわけで
皇帝と取り巻きを処分したのございます。
アナスタシアは空しく泣き叫んでおりました。

I rode a tank
Held a general’s rank
When the blitzkrieg raged
And the bodies stank

ナチスの電撃戦が荒れ狂い
死体が臭気を放っておりました。
あのときも私は戦車に乗って
将軍の部隊を指揮しておりました。

Pleased to meet you
Hope you guess my name, oh yeah
Ah,what’s puzzling you
Is the nature of my game, oh yeah
(woo woo, woo woo)

はじめまして。
私の名前はご存知ですね。
あしからず。
私のゲームは人間を惑わせる性質でして。

I watched with glee
While your kings and queens
Fought for ten decades
For the gods they made
(woo woo, woo woo)

諸国の王や女王たちが
各々勝手にこさえた神の名の下
十年一日百年戦い続けたあの時代も
私は嬉々として見物に興じておりました。

I shouted out,
“Who killed the Kennedys?”
When after all
It was you and me
(who who, who who)

つまるところ犯人は
皆様方とこの私めと知りながら
私は叫んだものでございます。
「ケネディ一家を殺した奴は誰か?」と。

Let me please introduce myself
I’m a man of wealth and taste
And I laid traps for troubadours
Who get killed before they reached Bombay
(woo woo, who who)

私をご存知ですか?
趣味の良いお金持ちでございます。
吟遊詩人らに罠を仕掛けたこともありました。
あやつらがボンベイに着く前に殺められんことを願って。

Pleased to meet you
Hope you guessed my name, oh yeah
(who who)
But what’s puzzling you
Is the nature of my game, oh yeah, get down, baby
(who who, who who)

はじめまして。
私の名前はご存知ですね。
あしからず。
私のゲームは人間を惑わせる性質でして。
さあ、楽しみましょう。

Pleased to meet you
Hope you guessed my name, oh yeah
But what’s confusing you
Is just the nature of my game
(woo woo, who who)

はじめまして。
私の名前はご存知ですね。
あしからず。
私のゲームは人間を混乱させる性質でして。

Just as every cop is a criminal
And all the sinners saints
As heads is tails
Just call me Lucifer
‘Cause I’m in need of some restraint
(who who, who who)

デカはみな犯罪者だろ。
罪人はみな聖人だろ。
しっぽはおかしらだろ。
俺か?少し自制が必要だから
さしずめルシファーでいいや。

So if you meet me
Have some courtesy
Have some sympathy, and some taste
(woo woo)
Use all your well-learned politesse
Or I’ll lay your soul to waste, um yeah
(woo woo, woo woo)

俺の前では少しは親切にしろ。
それなりの同情と、それなりの趣味を示せ。
お前らが身につけた礼儀作法を出し惜しむな。
さもなくば貴様らの魂をぶっ潰す。

Pleased to meet you
Hope you guessed my name, um yeah
(who who)
But what’s puzzling you
Is the nature of my game, um mean it, get down
(woo woo, woo woo)

よく来たな。
俺の名前は知ってるな?
俺のゲームは頭おかしくなるって?
そういうもんなんだから仕方ない。
マジだぜ、さあやろう。

Woo, who
Oh yeah, get on down
Oh yeah
Oh yeah!
(woo woo)

ウー フー
オーイェイ やっちまおうぜ。
オーイェイ

Tell me baby, what’s my name
Tell me honey, can ya guess my name
Tell me baby, what’s my name
I tell you one time, you’re to blame

ベイビー 俺の名前は?
ハニー 俺の名前がわかるか。
ベイビー 俺の名前が言えるか。
一度だけ教えてやろうか。
悪いのはお前らの方だ。

Oh, who
woo, woo
Woo, who
Woo, woo
Woo, who, who
Woo, who, who
Oh, yeah

What’s my name
Tell me, baby, what’s my name
Tell me, sweetie, what’s my name

俺の名前は?
ベイビー、俺の名前は?
さあ、かわいこちゃん、俺の名前は何だ?

Woo, who, who
Woo, who, who
Woo, who, who
Woo, who, who
Woo, who, who
Woo, who, who
Oh, yeah
Woo woo
Woo woo

注釈

この歌の解釈は以下のwikipediaに載っている。

一人称で語る悪魔は、イエスの裁判、ロシア革命、ナチスの世界大戦、百年戦争、ケネディ暗殺・・・と2000年にわたる欧米史への “関与” を吹聴するのだが、最後の、

And I laid traps for troubadours
Who get killed before they reached Bombay

のフレーズだけいきなりマイナーでわかりにくい。そもそもこれが歴史イベントなのかどうかもわからない。ブログ主が調べた限り、インドの秘密犯罪結社タギー(Thuggee)を意識しているのだろうと思う。

タギーは冷酷な追いはぎ集団だ。金品を盗むだけでなく口封じのため絞殺する。犠牲者をカーリー神に捧げていたという。

彼らはインド総督に弾圧され、すでに壊滅したから20世紀には存在しないはずだが、文学的想像力のなかでは悪魔の象徴として存続を許されたのだろう。

歌詞の中で被害に遭うtroubadoursとは、中世ヨーロッパの吟遊詩人になぞらえられた「インド好きの旅行者」(富裕な白人もしくはビートルズらの東洋の神秘にかぶれた人たち?)なのかもしれない。英語には、このタギーから非情な殺し屋、凶悪犯などを意味するthugという一般名詞が生まれた。

インドの吟遊詩人・放浪芸人
ストーンズの歌とは直接関係しないが、ついでに補足。吟遊詩人はヨーロッパの専売特許ではない。古代インドには、サンスクリット語(雅語)で神を讃える宮廷詩人とは別に、俗語を用いて神への神秘的な愛を歌いながら諸国をめぐる旅芸人・吟遊詩人の集団があった。インド北西部発祥とされるロマ(Romaまたはthe Romani、ジプシーの祖)も、同じように浮浪する芸能民である。
これらの人々は特定の宗教組織に属さない托鉢のような存在だ。インドでは現代にもベンガル地方を中心に活動するバウル(Baul)という宗教的吟遊詩人がいる。バウルは修行者自身の内なる神を信じているため、組織宗教、唯一神、カースト、聖典の類をいっさい重んじないという。
日本にも、後に「巡遊伶人」と呼ばれることになる乞食者(ほかひびと)があった。彼らは戸口に立って寿詞(よごと)を歌い、人々の施しを受けて歩く、やはり托鉢のような存在であり、日本芸能の起源のひとつといわれる。
参考: 折口信夫「国文学の発生(第二稿)」

ゾロアスター教からのサタンの輸入

それにしても、自分をルシファー(Lucifer)と呼んでくれというこの悪魔はいったいどこから来たのか?

太宰治に由来を説明してもらおう。掌編「誰」から引用する(読みやすさを考え、適宜改行を追加、太字はブログ主によるもの)。

サタンは普通、悪魔と訳されているが、ヘブライ語のサーターン、また、アラミ語のサーターン、サーターナーから起っているのだそうである。私は、ヘブライ語、アラミ語はおろか、英語さえ満足に読めない程の不勉強家であるから、こんな学術的な事を言うのは甚はなはだてれくさいのであるが、ギリシャ語では、デイヤボロスというのだそうだ。

サーターンの原意は、はっきりしないが、たぶん「密告者」「反抗者」らしいという事だ。デイヤボロスは、そのギリシャ訳というわけである。(中略)要するにサタンという言葉の最初の意味は、神と人との間に水を差し興覚(きょうざ)めさせて両者を離間させる者、というところにあったらしい。もっとも旧約の時代に於いては、サタンは神と対立する強い力としては現われていない。旧約に於いては、サタンは神の一部分でさえあったのである。

或る外国の神学者は、旧約以降のサタン思想の進展に就いて、次のように報告している。すなわち、「ユダヤ人は、長くペルシャに住んでいた間に、新らしい宗教組織を知るようになった。ペルシャの人たちは、其名をザラツストラ、或あるいはゾロアスターという偉大な教祖の説を信じていた。ザラツストラは、一切の人生を善と悪との間に起る不断の闘争であると考えた。これはユダヤ人にとって全く新しい思想であった。

それまで彼等は、エホバと呼ばれた万物の唯一の主だけを認めていた。物事が悪く行ったり戦いに敗れたり病気にかかったりすると、彼等はきまって、こういう不幸は何もかも自分たちの民族の信仰の不足のせいであると思い込んでいたのだ。ただ、エホバのみを恐れた。罪が悪霊の単独の誘惑の結果であるという考えは、嘗(かつ)て彼等に起った事が無かったのである。エデンの園の蛇でさえ彼等の眼には、勝手に神の命令にそむいたアダムやエバより悪くはなかったのだ。

けれども、ザラツストラの教義の影響を受けて、ユダヤ人も今はエホバに依って完成せられた一切の善を、くつがえそうとしているもう一つの霊の存在を信じ始めた。彼等はそれをエホバの敵、すなわち、サタンと名づけた。」というのであるが、簡明の説である。

さすが太宰、説明がうまい。ポイントはつまり、ユダヤ人は「一切の人生を善と悪との間に起る不断の闘争である」というまったく新しい思想に、過酷なヤハウェ(エホバ)からの逃げ道を見出したわけだ。それがユダヤ教における悪魔(サタン)の起源だ、と。災厄を神の天罰と受け止めていたユダヤ人にとって目からウロコの落ちる思いだったろう。

天使の同時輸入

ペルシャから輸入されたのは悪魔ばかりでない。ゾロアスター教では同じ最高神アフラ・マズダーから生まれた善なる霊と悪しき霊が不断の闘争を繰り広げるから、悪魔には戦う相手が存在する。そう、天使である。

「サタンは神の一部分でさえあった」と引用文にある。悪魔もまた神の創造物なのだ。でも魔が差して勝手に転んだのである。

ここから堕天使(fallen angel)ということばが生まれた。堕天使といえばルシファーの代名詞である。詳細は別記事に書いたので参考にしてほしい。

参考記事:

【文化の重層性10-3】イルミナティと神秘思想:サンヘドリン乗っ取りとパウロの活躍

ユダヤ人とイラン人の出会い

ヘブライ人(ユダヤ人)とイラン人は二回にわたって接触をもっている。

アッシリア捕囚:メディアでの接触

最初に接触が生まれたのはメディア王国である。当時、ヘブライ人のイスラエル王国は内輪もめで北のイスラエル王国と南のユダ王国に分裂していた。南北分裂の根本原因は宗教対立であったと思われる。北王国の10支族が先祖伝来の多神教信仰にこだわり、南王国の2支族の進める一神教化(ワンゴッド崇拝)を拒んだからである。

Median Empire.jpg
メディア王国(黄)、右上のバクトリア当たりがゾロアスター教(マズダ―教)の発祥地(出典:Wikipedia Commons)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アッシリア捕囚(Assyrian Captivity)

そうこうするうちにアッシリア帝国がイスラエル王国(北王国)を占領、北王国の10部族(失われた10支族、The Ten Lost Tribes)を遠くメディア王国に強制移住させた。このときユダ王国(南王国)のエルサレムも包囲されたが占領は免れた。その代り周辺の街の住人がやはりメディアへ強制連行された。

当時、メディアの地は宗教的に混乱していた。イラン在来のミトラ神(アーリア系)が周辺のシリアやバビロニアの神々(セム系)と習合して強い信仰を集め始めていた。その中心はマギと呼ばれる司祭階級だった。ところがザラシュストラの教えを奉じていたマズダ―派と呼ばれる人々がこれに反発した。師の純血主義を受け継ぎ、セム系との習合を嫌ったためである。

アッシリア捕囚(主に北王国)とバビロン捕囚(南王国)

悪魔・終末論・救済思想

ペルシャ宗教とユダヤ教の最初の接触はこのメディアで起きたのである。ただ彼らの大半はその後、エルサレムに戻らずディアスポラとして諸国へ離散していったから、ユダヤ教に対する影響は限定的だと思われる。

バビロン捕囚:ユダヤ教の再整備とキュロス王による解放

アッシリア崩壊後の四王国分立時代(出典:世界史の窓)

圧政で知られたアッシリアだが、セム系カルデア人の興した新バビロニア王国とメディア王国の連合軍によって滅ぼされる。その後、新バビロニア王国はアッシリアに服属していた南ユダ王国を攻略した。ユダヤ人の大半は数度にわたってバビロンへ強制連行された。

バビロンのミステリー

このバビロン捕囚時代に、セム系のユダヤ人とカルデア人、同盟関係にあったアーリア系のメディア人の間で起きた交流は後世に決定的な影響を与えたはずだが、なぜか多くは謎のままになっている。なお、イラン高原からバビロンに移住していたマギ神官は特にカルデアン・マギ(Chaldean magi)と呼ばれることがある。

数十年後、捕囚されていたユダヤ人は、新バビロニアを倒したアケメネス朝ペルシャのキュロス2世によって解放され、エルサレムへの帰還と神殿の再建を許される。

ユダヤ教の完全な一神教化

バビロンにいたユダヤ人は南王国の一神崇拝の傾向が強かったユダヤ教徒たちだ。ここが多神教派ユダヤ人の多かったアッシリア捕囚と大きく違う。彼らはカルデア人のメソポタミア宗教、カルデアン・マギのミトラ教やマズダ―教(ゾロアスター教)との接触の中で、バビロンにおいて、あるいはエルサレム帰還後、多くの預言書などを通じてユダヤ教の教義を整備していった。このとき、その整備の柱となったのが、おそらく悪魔と終末思想の導入である。ザラスシュトラの説いた善悪二元対決の世界観は悪魔と天使に翻案され、終末論は最後の審判(last judgement)、復活(resurrection)、救済(messiah)などの終末論(eschatology)に換骨奪胎されたのである。

つまり、太宰が描いているユダヤ人は一枚岩ではない。主に悪魔思想の洗礼を受けたのは北王国のユダヤ人ではなく、南王国出身のユダヤ人だったのだ。

※続きはこちら:【サタンの語源学02】悪魔の発明者ザラスシュトラとユダヤ教の概念操作

 

 

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