【次代の経済】コンドラチェフ第6サイクルの主役は広義の健康産業

2022-09-18文明文化の話, 経済, 英語の話

この記事では景気循環論の立場から次の時代に来る産業について考えてみます。コンドラチェフ論者によれば、今後の経済は広義の「健康」をめぐって発展していくのだといいます。それは必ずしもコロナ絡みを意味しません。衣食住の次に来る付加価値。それは広義の健康です。対象は個人の肉体の健康に留まらずメンタルの健康に及びます。また、個人の枠を超えて社会の健康、地球の健康に及びます。

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コンドラチェフ循環

コンドラチェフ循環は、技術革新(イノベーション)による産業構造の変化に着目した代表的な景気循環の理論です。およそ半世紀で景気が一巡すると考え、これをコンドラチェフサイクルと呼びます。

日本経済も例外ではなく、戦後の高度成長期は約60年のサイクルと見なせます。まるで人間の還暦のようですね。60年サイクルの最初の40年の期間(2/3)は回復⇛好況期、その後の20年(1/3)は後退⇛不況期という風に進んでいます。

日経平均(年足)

景気循環

(画像出典:大和証券ウェブサイト https://www.daiwa.jp/seminar/technical/05/ )

新たな経済成長の牽引役は広義の健康産業

コンドラチェフの専門家によれば、現在は第6のコンドラチェフサイクルに入っているそうです。以下、概説の和訳をお目にかけます。

The fifth Kondratieff began in the early 1950s. Its driving force originated in computer-based information technology. With constantly increasing speed, information technology permeated all areas of society and turned the world into a global village of information. During the fifth Kondratieff, the industrial society changed over into an information society. Since then, economic growth is primarily defined as growth in the information sector.

第5コンドラチェフサイクルは1950年序盤に始まった。原動力となったのはコンピュータ情報技術の躍進である。日進月歩の処理能力の向上で情報技術は社会の隅々に浸透し、地球全体をひとつの「情報村」にした。工業社会は情報社会に変わり、第5コンラチェフ期の経済成長は基本的に情報セクターの成長が牽引した。

The fifth Kondratieff ended at the turn of this century. At the same time it ended, the sixth Kondratieff cycle began. The carrier of this new Kondratieff cycle will be health in a holistic sense.

第5コンドラチェフサイクルは21世紀初頭に終わった。同時に第6サイクルに入った。牽引役はこころや魂の領域を含んだ広義の健康産業である。

The Sixth Kondratieff

At first glance, this statement may come as a surprise. Can health expenditures, which are economically classified as pure expenses and as something negative that should thus be avoided if possible, take on the role of a locomotive for growth and employment in the future?

第6コンドラチェフサイクル

この断定を初めて聞くと意外に思うだろう。健康支出は経済学上は単なる経費であって、できれば減らしたい項目に過ぎない。ヘルスケアなどの健康産業が経済を引っ張り、雇用を拡大させるなんてありえるのか、と。

At this point, we should recall the results of modern growth theory. Machi­nery, capital or jobs are only ostensibly the most important sources for economic growth. The main source for economy growth is productivity progress. The sixth Kondra­tieff is carried by an improved productivity in handling health.

ここで主流派の成長理論の結論を思い起こしてみよう。成長理論は設備投資、資本、雇用が経済成長の重要な源泉だという。しかし、そんなのはうわべの議論に過ぎない。本当に経済を成長させるのは生産性の拡大に他ならない。第6コンドラチェフ時代の成長は、健康の扱いに関する生産性の向上として進行していく。

(出典: https://www.kondratieff.net/kondratieffcycles

この著者の言う健康産業はholistic healthとも表現されているように、心身両面に渡る非常に幅広いビジネス・サービスを指しています。

変化の阻害要因

筆者によれば、どのコンドラチェフサイクルにも必ずその初期にぶち当たる壁(阻害要因)があるそうです。この壁をぶち破って変化は本格的する、と。

では、衣食住満たされたかに見えるいま、第6サイクルの阻害要因は何なのでしょうか?

筆者は社会秩序を乱す諸事象(social disorder)なのだと言います。social disorderは通常「社会不安」と訳されますが、むしろ「社会リスク」あるいは「社会の病気」と訳したほうがピンとくるかと思います。具体的には以下のような事象が列挙されています。

fraud, theft, lies, sabotage, drugs, violence, hacking, cyber extortion, war, refugees, climate change, environmental degradation

詐欺、ペテン、窃盗、ドラッグ、暴力、ハッキング、ネット犯罪、戦争、難民、気候変動、環境破壊

社会リスクをまとめて面倒みるのが未来の健康産業

数多の社会リスクの被害総額は20兆ドル(2019年)。アメリカの年間GDPに匹敵する損失です。筆者のいうhealth industryは、衣食住に始まり、人間のメンタル(宗教含む)、自然環境の保護活動などを含む、非常に広義な社会リスクへの対処を含んでおり、次の5つのレベルに分けられます。

  1. 肉体の健康:感覚運動領域、自然法則
  2. 社会的生命体としての健康:欲求、本能、元型(アーキタイプ)、生命法則
  3. 認知機能の健康:理知、合理性、自己認識、象徴の理解、論理法則
  4. 精神の健康:心理・倫理面での健全さ、他者への思いやり、誠実さ
  5. 高次の魂(霊)の健康:己を超えたものの認識(超越性)、宗教、神の愛

そして未来の経済は、各レベルに対応したビジネスやサービスを中心に回るというのです。

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上から、高次の魂(霊)の健康、精神の健康、認知機能の健康、社会的生命体としての健康、肉体の健康

日本復活の鍵は健康に関する発想の転換

コロナワクチンやSDGsを持ち出すまでもなく、実際そういう広義の健康を巡る流れはすでに起きており、筆者の見立てに違和感はありません。そして、ここにこそ日本経済がなぜ復活するか(復活しなければおかしいか)の鍵が明白に現れているように思います。

たとえば、東日本大震災やコロナショックなどの有事に発揮される日本人の高い「民度」。「民度」は歴史の精華であり一昼夜で実現するものではありません。今後メンタルを含めた健康のバロメーターになっていく類の「価値」なのだと言えます。無形の価値をいかにビジネスやサービスに組み込み収益化するか?政治はいかにそれを邪魔せず推進できるか?そこに日本復活の鍵が潜んでいます。

3つのDの克服

なお、新サイクルの進展を阻害する社会リスクについて筆者は三相を摘出しています。大事な指摘だと思うので直接引用しておきます。

To reduce social disorder effectively, it is not enough to enact new laws, hire more police officers and build more prisons. This only treats the symptoms. If you want to fight social disorder effectively, you have to start with people and their deficits, disorders and diseases.

社会リスクを効果的に減らしたいなら、これまでのように法律を変えたり、警官や収容所を増やすだけでは不十分だ。それらは対症療法に過ぎない。症状の根本にはヒトが抱える3つのD(債務、不調、病気)があり、これに対処することから始めなければならない。

(出典: https://www.kondratieff.net/kondratieffcycles

 有形のモノから無形のモノへ

3つのD(deficits, disorders and diseases)は、個人の次元の解決課題であると同時に、社会の次元の解決課題でもあります。いくら自分が肉体的に健康で財政的に健全でも、人々は幸せを感じるとは限りません。まわりの社会や広く地球の「健康」が気になります。そしてそういう個人の存在こそ、社会的存在である人類が到達した境地と言えます。

モノから価値へ

人類史は有形の物資(いわゆるモノ)を奪い合う面と、無形の価値を競い合う面がないまぜになって進んでいます。多少乱暴に近代の文脈で一般化すれば、前者のモノを奪い合うステージは、ある国が先進国または大国へ移行する段階で直面する課題で、モノとお金が足りないことが発展の動機になります。日本はクリアした課題です。

後者は先進国または大国になり経済的余裕が生まれてから国民の間に芽生えるものです。物質的に満たされても、相変わらずお金の問題は所得配分の格差や新たな貧困化などの問題として人々を悩ませます。そもそも現代のお金は「債務として」創造される仕組みになっているため、誰かが借金しないと成り立ちません。よく考えれば、古代から続く奴隷制の名残りのようなシステムなのですが、誰も不思議に思っていないので一向に解決する兆しが見られません。

とはいえ、日本をはじめ先進諸国は豊かです。経済的余裕が、人々の意識を広義の健康に仕向け、大きな価値観として意識されています。単に健康で長生きしたいという欲望にとどまらず、いかによく生きるか、しあわせに生きるか。これからすべて広義の健康に関わる課題であり、今後のビジネス・サービスはこの欲求の充足に資するのではなければ成長できないでしょう。

発想の転換

第5コンドラチェフの時代、健康は「政府財政のお荷物」、いわば社会的コストに過ぎませんでした。その遺風は現代にも残り、社会保障費が国家予算に占める割合は年々増大しています。

しかし第6コンドラチェフはその克服を命題にするはずで、そのとき鍵となる概念が、先の引用英文にあった「健康の扱いに関する生産性の向上」です。

健康に関する生産性

「健康の扱いに関する生産性の向上」とは何なのでしょうか?

生産性=アウトプット/インプット

生産性とは、インプットに対して、いかに効率的に多くの付加価値(アウトプット)を生み出すかの問題です。

今後は、人々の広義の健康志向を満たすモノやサービスをいかに効率的に生み出すかが、競争力の源泉になるわけです。サプリやビタミン剤、ダイエット、健康法、筋トレ、エクササイズ、介護サービス、健康食配達などだけが健康産業ではありません。地球大の健康にフォーカスすれば、環境・グリーンビジネスですし、内面の健康にフォーカスすれば文化、教養、宗教、スピリチュアルなどにまるわるビジネスとなります。家電やクルマやパソコンやスマホを作るにしても、今後は広義の健康(社会のため、地球のため、個人のしあわせのため)を意識した商品開発が求められていきます。

日本復活の鍵

広義の健康産業の時代は、日本の過去の蓄積を生かせる時代だと考えられます。

いまアップルやグーグルやメタバースに代表されるネット巨大企業が我が世の春を謳歌しており、今後の世界を牛耳りそうに見えます。しかしコンドラチェフの視点で見れば、それらネットの巨人は第5コンドラチェフサイクルの覇者であり、第6コンドラチェフ期に必要な情報インフラの提供者に過ぎません。

ありあまる情報を高次のメンタル・魂を含めた健康に結びつけるソフト(ノウハウ・知恵)の面では西洋文明には限界があります。むしろ西洋近代化のノウハウを身に着けつつ(科学技術)、バックボーンに神道+仏教(禅含む)の精神伝統を持つ日本が、少子高齢化の先端で、いかに生産効率よく(省力的・省資源に)、人々のしあわせを増大させる社会モデルを築いていくかが注目を集めていくと思われます。

 

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