【英語で読む日本人と宗教01】”最も信心深い無宗教国家”

今日は宗教の話題だ。英語で外国人とコミュニケートするとき宗教はけっこう話題になるトピックだ。彼らには日本人の宗教感覚がとても不思議でミステリアスらしい。

外国人に誤解を与えないためにも自国の状況を知っておいて損はない。ブログ主など無防備でアメリカへ渡って、自国の宗教を勉強し直す羽目になった。以下の記事も参考にしてほしい。

関連記事: 【英語で日本を説明する01】文例集・表現のヒント:自分や日本人の宗教観

 

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アメリカ人はイメージよりずっと宗教的な国民

まずアメリカの宗教事情について軽く触れておこう。アメリカ人はリベラルな人が多いが、欧米諸国の中でも群を抜いて宗教的な国民だ。

  • 国民の8割以上がクリスチャン、5割以上がプロテスタント、2割強がカトリックだ。これは建国の際、先に入植したのが迫害を逃れてきたプロテスタント(清教徒)だった歴史の影響だろう。
  • 他宗教はいずれもマイノリティ。ユダヤ教徒はニューヨークなど大都市部に集中。イスラム教徒(ムスリム)は万遍なく在住し、少しずつ数を増やしている。
  • アメリカは巨大な島国で、他国の宗教事情について無関心か無知な人がびっくりするほど多い。シアトルで、日本人はみんなソーカなのかと聞かれて言葉を失ったことがある。
  • アメリカ人同士の間では、まず神を信じる信じないの区別が重要だ(その場合、キリスト教の神を指す)。
  • 次にどの教団(宗派)に属しているかが重要なファクターになる。地域性や社会階層などが微妙に反映されているからだ。
現職のトランプ大統領はプロテスタント長老派(Presbyterian)の信者。長老派はイギリスの清教徒(Puritan)がスコットランドへ分派してつくった教派。だからアメリカの長老派にはスコットランド系移民が多い。なお、清教徒はイギリス史の清教徒革命でも有名な、原理主義的傾向の強い人たち。最初にアメリカに渡ってきたグループでもある。

勢力分布

上を見てもらえばわかるように地域差も大きい。

  • 南部ではバプティストの一人勝ちだ。
  • 東海岸は混合状態。
  • 西海岸は既存宗教はふつうだが新興系の宗教やスピリチュアリズムが強い。日本の禅などもスピリチュアルのくくりにカテゴライズされていて驚く(そうでないと知っているアメリカ人はもちろん多いが・・・)。

アメリカはUnited Statesというように、そもそも独立国家(英仏西の属領)の団結によって生まれた人工国家だ。その団結に使われたのが自由(独立)と民主主義という近代的価値観なのだが、面白いことに旧大陸と新大陸では逆向きのベクトルが働いた。

  • ヨーロッパでは近代的価値観が、科学の進展にあいまって伝統的な神への信仰を揺るがせる契機となった。
  • アメリカでは独立と繁栄の成功体験を通じて神への信頼が深まる契機となった。

アメリカ人が抜きん出て宗教的な国民であるのはこの成功体験が大きいのではないか。彼らはカトリック教会(と癒着した皇帝)の支配の歴史を持たない。それが幸いしたといえるだろう。

日本人の宗教心に関する調査

その点、日本は好対照な国柄だ。宗教に関してうるさくいわれることはないし、何でも許されている。かといって俗物ばかりかといえばそんなことはない。

NHKが、自らも参加する国際比較調査グループISSP(International Social Survey Programme)における宗教についての調査結果を公表している。短いので引用しよう。

出典出典:「“宗教的なもの”にひかれる日本人」

宗教への信仰については、「宗教を信仰している」人が39%に対して、「宗教を信仰していない」人は49%で、宗教を信仰していない人のほうが多くなりました。「宗教を信仰している」人は、男性よりも女性、若い人よりも高齢者で割合が高くなっています。また、「親しみ」を感じる宗教については仏教をあげる人が65%と最も多く、1998年の49%から大きく増えました。
宗教的な行動では、「墓参り」や「初もうで」を「よくする」という人が半数を超え、「したことがある」を加えると9割程度の人が行っていることがわかりました。「お守りやおふだをもらう」や「おみくじをひく」については、2人に1人が「したことがある」と答えています。
「祖先の霊的な力」や「死後の世界」、「輪廻転生(生まれ変わり)」などの“宗教的なもの”があると思うかを尋ねたところ、「ある」という人が4割程度を占めました。こうした“宗教的なもの”の存在を信じる人の割合は、若い人ほど高く、高齢者になると少なくなる傾向が見られ、とくに30代女性では7割を超えていました。宗教への信仰が、年齢が高くなるにつれて増えていくのとは対照的となっています。

宗教を信仰している人 4 に対して信仰していない人 5 というのはいかにも日本的な結果ではないだろうか。大きなテーマになるとだいたい半々に割れるのが日本人だ。

日本人は “世界で最も信心深い無宗教者”?

では、その日本人の宗教観について、以下の英語記事に沿ってもう少し詳しく見てみよう。

出典“Japan: The Most Religious Atheist Country” by Matthew Coslett

全文を仔細に見ていくと煩雑になるのでポイントだけ抽出しよう。まず文化庁の調査で、何らかの宗教に親しみを感じる日本人が2.09億人もいたという。なんと総人口のほぼ倍だ。つまり複数回答した人が多いということだ。

This anomaly seemed to suggest that Japan was highly religious. However, further research showed that this strange result was caused by respondents happily checking the boxes for numerous religions without seeing any contradiction. After all, as the old saying goes a Japanese person is born to Shinto rites, married with Christian rites, and buried with Buddhist ones.

“anomaly” はよく使われる概念だ。語源的には明瞭だろう。”normal” に逸脱や反対を意味する接頭辞 “a” が付いている。”abnormal” なら異常だが、”anormalous” は異常とまで行かない。”ふつうの状態から外れている” というニュアンスだ。ギリシャ語 anomalos から来ているようだ。

an(not)+homalos(even)←homos(same)、つまり同一で平坦がふつうと考えられ、そのふつうから外れた状態を指している。

“A Japanese person is born to Shinto rites, married with Christian rites, and buried with Buddhist ones.” これは外人と話すときに使えそうなフレーズだ。「神道式に生まれ、キリスト教式で暮らし、仏教式で墓に行く」、確かに日本人の人生はそれに近い。ただ誤解されないために補足が必要だろう。

日本人の宗教 “耐性” の強さ

上の文にはひとつ大事な視点が欠けている。その融通無碍な日本人の人生に通奏低音のようにずっと流れているこころはないのか、あるとすればそれは何なのかという視点だ。

人間は統一体だ。洋服を着替えるように宗教を変えることはできまい。日本人にとって外形的な宗教儀礼は服に過ぎない。それを脱いだとき何があるのか。そこを説明しないといけないだろう。

信心深いのかそうでないのかわけのわからない調査結果に対して、筆者はこう見出しをつけている。

How can one country be simultaneously so atheistic and so religious?

「こんなにも信心深い無神論者の国ってありえるだろうか?」、筆者は記事タイトルでも “The Most Religious Atheist Country” と言っている。面白い表現だ。英会話でも使えるのではないかと思う。ただし誤解を生みかねないので注意が必要。

  • 第一に “atheist” はかなり強い表現だ。アメリカでは簡単に自分を “atheist” とは口が裂けても言えない。ある種の壮絶な覚悟がないと、”atheistic” という状態にはなれないし、他人に言明することもできないはずだ。神に背くとまではいかないが、欧米社会で “atheist” であることは、まさに先ほどの “anormalous” な状態だからだ。現代のように表面上はいくらリベラル化していても、アメリカ人は依拠できるネイティブな歴史伝統が稀薄な分、先祖の伝統への通路であるキリスト教にはこだわりがあるのだ。
  • 第二に日本人は一神教の神を信じる、信じないの世界に属していない。だから一神教において神の存在を否定する “atheist” という概念はそもそも日本人に当てはまらない。ちなみに一神教は “montheism”、多神教は “polytheism” だが、おそらく日本人は多神教ですらない。宗教という概念自体が西洋的な概念なので、そこへ無理に収めようとするのがまずいのである。
  • 第三に、もし自分が特に宗教に入っていないという軽いニュアンスなら、”non-believer”(無信仰者)か、”I don’t believe in any particular religion.” などとしておいた方が無難。”irreligious” という形容詞は否定的ニュアンスが強いので避けよう。

“People who are less vulnerable to the hostile forces of nature feel more in control of their lives and less in need of religion,” Dr. Barber explains. Just as there are ‘no atheists in foxholes’, he believes there are fewer atheists when the world is relatively stable, “Atheism blossoms amid affluence where most people feel economically secure.”

ここで学者の分析になる。経済的に安定し自然の脅威などをあまり感じない生活を送っている人間は非宗教的になる傾向がある、というのだ。ここに出てくる “no atheists in foxholes” というフレーズは、”foxhole” が何かわからないと意味不明だろう。写真のような塹壕のことだ。

このフレーズは「生きるか死ぬかの極限状況に追い込まれて無神論を貫ける人間はいない」という意味になる。極限状況でも超越的な存在に頼らずにいられるような神経の太い人間はそういないというニュアンスだ。

続きは次回に。トコシエの本当に伝えたいことはそっちに書くので是非ご一読を。