【英語トリビア01】些細なことじゃないトリビアの語源

トリビア, 英語の話

当サイトには重いテーマを扱った記事が多いので、気軽に読んでもらえるカテゴリーとしてトリビアを設けました。初回は雑学、どうでもいい豆知識などを意味するトリビアということばそのものに関するうんちくです。それこそどうでもいいことですが、”うんちく 英語” でググると、グーグル先生はこんな珍答を返してきます。

トリビアの語源は三道の交わるところ

ラテン語のtriviumから派生したようです。triはthree、viaはroadで、文字通りにはthree roads。~経由のviaって道のことなんですね。当サイトではおなじみのOnline Etymology Dictionary(OED)の解説を見ましょう。

Trivia is Latin, plural of trivium “place where three roads meet;” in transferred use, “an open place, a public place.” The adjectival form of this, trivialis, meant “public,” hence “common, commonplace” (see trivial).

すべての道はローマに通ずと言いますが、3つの道が集まればそこは多くの人が集う公共空間。そういう場所で交わされる会話の中身は「些細な」「どうでもいいこと」が多いのは頷けますよね。

ただ、triviumの代表例はローマの北の玄関口ポポロ広場です。巡礼者の会話が「とるに足らぬこと」「雑学」ではちょっと失礼でしょうか。

「popolo trivium」の画像検索結果

巡礼者のローマへの入口に当たる。ポポロは「市民」の意味。古くから交通の要所であり、ローマの入口に当たる広場である。中央にオベリスクが建てられ、南に向かって3本の道路が放射状に伸びている

「piazza del popolo」の画像検索結果

類語trivial

triviaの類語にtrivialがあります。意味的にはtriviaとほぼ同じ。こちらの語源は、triviumから派生したtrivialisだそうです。英語の初出は中世の15世紀、次のOEDの説明を読むと面白いことがわかります。

The earliest use of the word in English was early 15c., a separate borrowing in the academic sense “of the trivium” (the first three liberal arts — grammar, rhetoric, and logic).

trivialとは大学のリベラルアート(一般教養科目)筆頭に掲げられる三科目(文法、修辞、論理)を意味した。つまり、この時代すでに古代の基本学問である文法、修辞、論理は「どうでもいい学問御三家」と見なされていたという歴史事実なんですね。

有名にしたのは警句家ローガン・ピアソール・スミスの著作タイトル

OEDのtriviaの解説に戻りますと、このことばをポピュラーにしたのは、アメリカ生まれのイギリス人警句家ローガン・ピアソール・スミスの本のタイトルのようです。

“trivialities, bits of information of little consequence,” by 1932, from the title of a popular book by U.S.-born British aphorist Logan Pearsall Smith (1865-1946) first published in 1902 but popularized in 1918.

スミスの “Trivia” はいまでいう短文集、コラム集のようなものです。しかし当世の書き散らしのコラム集などどは格が違って、その文章は詩のような凝集度を誇り、いまでもコアなファンを持ちます。スミスは厳格なクエーカー教徒の家に育ち、ハーヴァードに一年通った後オックスフォードに転学、以来ずっとイングランドに暮らし二度とアメリカに戻らかったそうです。この経歴を聞いただけでも、ただならぬものを感じさせますよね。

スミスのアフォリズム

※aphorist、aphorismの語源はギリシャ語のaphorismos(’definition’)です。警句家は物事を冷徹に観察して「定義」する人なので、そのことばは詩人のように研ぎ澄まされざるをえないということなのでしょう。

せっかくなのでスミスの片りんを少しご紹介しましょう。

If you want to be thought a liar, always tell the truth. - Logan Pearsall Smith

嘘つきと思われたいなら、つねに真実を語れ。

People say that life is the thing, but I prefer reading. - Logan Pearsall Smith

人は生活こそ人生だというが、私なら本を読む方がいい。

※ “something is the thing.” は非常に英語らしい表現です。「それだよ、それ」「○○が大事!」「○○命!」という感じの強調です。この場合は、生きることそのものに意味があるという一般人に対して、スミスはそんな奴らのいう “生活” に興味はないと言っているわけです。

「Logan Pearsall Smith Quotes」の画像検索結果

流行に逆らう者こそ流行の奴隷だ。

スミスの短文

ありがたいことに、著作権切れの著作の多くは無料で読めます。

Mammon

Moralists and Church Fathers have named it the root of all Evil, the begetter of hate and bloodshed, the sure cause of the soul’s damnation. It has been called “trash,” “muck,” “dunghill excrement,” by grave authors. The love of it is denounced in all Sacred Writings; we find it reprehended on Chaldean bricks, and in the earliest papyri. Buddha, Confucius, Christ, set their faces against it; and they have been followed in more modern times by beneficed Clergymen, Sunday School Teachers, and the leaders of the Higher Thought.

But have the condemnations of all the ages done anything to tarnish that bright lustre? Men dig for it ever deeper into the earth’s intestines, travel in search of it farther and farther to arctic and unpleasant regions.

In spite of all my moral reading, I must confess that I like to have some of this gaudy substance in my pocket. Its presence cheers and comforts me, diffuses a genial warmth through my body. My eyes rejoice in the shine of it; its clinquant sound is music in my ears. Since I then am in his paid service, and reject none of the doles of his bounty, I too dwell in the House of Mammon. I bow before the Idol, and taste the unhallowed ecstasy.

How many Altars have been overthrown, and how many Theologies and heavenly Dreams have had their bottoms knocked out of them, while He has sat there, a great God, golden and adorned, and secure on His unmoved throne?

※以下は私訳です。

マモン

モラリストや教父は、それを諸悪の根源といい、憎悪と流血の産みの親といい、魂を堕落させる最も確実な原因といった。真面目な作家たちは、それをゴミくず、汚物、肥だめと呼んだ。あらゆる聖典で、それへの愛は許されない。古代カルデアの煉瓦にも、最古のパピルスにも、それは咎められている。ブッダも孔子もキリストも断固それを拒否した。彼らの教えは後の高位聖職者にも、日曜礼拝の説教師にも、高次の思考の主導者にも受け継がれた。

しかしー、これらあらゆる時代の非難は、あのまばゆく輝くものの輝きをいささかでも曇らせたか?人類はいまも地球のはらわた深くそれを掘り進み、とうとう極地や快適と無縁な地域に出向いてそれを探している。

自分の読んだあらゆる道徳的教えに反して、私はこの派手な物質がいくらか自分のポケットにあるのが好きだと告白せねばならない。その存在は私を元気づけ、慰め、体中を温めてくれる。その輝きは私の眼を悦ばせる。そのぴかぴかした音は私の耳には音楽だ。私は彼主宰の有償サービスに従事し、彼の振る舞う分け前を拒んだためしがないのだから、私もまたマモンの家の住人なのだ。私は彼の偶像に礼拝し、罪深き恍惚を味わう。

これまでどれだけの祭壇が打ち壊され、どれだけの神学と天上の夢の底が彼のせいで抜け落ちたろうか?その間、黄金色に飾られたこの偉大な神は、揺るぎない王座に安んじていたというのに。

トリビアを有名にした当人は「どうでもいい」「雑学的な」情報や知識を楽しむ人ではありませんでした。むしろ一見些細で他愛ない物事の中から人生の機微を読み取った人だったのです。ことばというのは皮肉な、というか面白いものですね。