[サイト趣旨] 知的武装のための英語:鍵はあなた自身の思い

2018-11-16当サイト

(※2018.11.16加筆しました。)当サイトは英語を通じて知的武装していただくためのサイトです。グローバル化は否応なく進み、英語はハブ言語として益々リンガ・フランカ化の度合いを強めていく情勢にあります。好むと好まざるとにかかわらず、日本人には外国人と対等に渡り合える教養もしくは技能を身につけていくことが求められていきます。その際、鍵になるのは実は英語力そのものではありません。英語はあくまで伝達手段。

国際コミュニケーションでは何がものをいう?(2018.11.16加筆分)

では、何がものをいうと思いますか?

結局は、あなたが英語を使ってどうなりたいか、そのあなたの思いが一番ものをいいます。たとえば、外国人の恋人ができたとしたら、あなたは一生懸命、恋人のマザータングを勉強するでしょう。むかしから語学の上達の最速最短の道は恋愛だといわれているように、相手のことを知りたい、自分のことを伝えたい・・・その思いの強さが語学力の上達を助けるのです。

アイデンティティを表現する能力

仕事でも同じです。大事なのは、あなたが自分が何者かを相手に説明できる能力です。よく言われる自己主張とは違います。むしろアイデンティティの表現能力といった方がわかりやすいかもしれません。

「わたしは○○社の社員です」「フリーで××という仕事をしています」「△△の◆◆大学に留学し、◇◇を勉強しました」「わたしは★★を趣味にしています」・・・そういう肩書を構成するような自分も必要かもしれませんが、それ以上に相手の心をつかむのは、あなた個人が「どういう日本人か」ということです。

グローバルな社会になればなるほど実はナショナルなものが大事になる

グローバルな世界で国籍なんて関係ない、というのは大嘘です。世界の人は否応なく英語をリンガフランカとして交流していますが、それは必要上そうしているだけで、別に英語が特に好きなわけではないのです。どの国の人だって祖国が一番好きだし、大事なのですから、ビジネスでも外交でも要するに国益を守ることがあなたを守ることでもあるのです。

己を知り、相手を知る

世界に出ていくと、あなたは自分が日本人であることを痛切に自覚させられます。些細な時事ネタから、歴史的な事件に至るまで、国際環境におけるコミュニケーションはナショナル・アイデンティティのぶつかりあいです(その代り大きな戦争はしないで済むようになっています)。別に喧嘩する必要はありませんが、少なくても、相手に日本のことや日本人のことで突っ込まれたら、正しい知識に基づいて答える能力、ウィットを交えてまぜかえすくらいの芸当をもつことが望ましいでしょう。

コミュニケーションは双方向のものですから、己を知ると同時に、相手のこともある程度知っておく必要があります。彼らの考え方、その背景になる宗教や歴史。国際教養とは、彼我の違いをわきまえているということでもあります。

欧米人は往々にして自己中心的ですから、日本のことなどよく知りません。中国の派生文化くらいに思っている人も少なからずいます。

いくらネットが発達しても、文明・文化の底流にあるものまで知る人はごく稀です。日本人自身だって、いったい日本がどういう国で、日本人が外国人とどう違うのか、明確なイメージを持っている人は少ないでしょう。

ということは、逆にいえば、もしそういう人になればそれだけで貴重な存在になるということ、市場価値があるということでもあります。日本はこれまで主に技術と組織としての交渉力で外国とつきあってきたのですが、今後は、技術以外の、より個人レベルの深いコミュニケーションスキルが求められていくはずです。

簡単にポイントを整理

少し表現を変えながら、以上をまとめてみます。

  • 英語のリンガフランカ化は避けようがないので、英語を使えることは絶対お得。
  • 発音や流暢さは二の次。国際コミュニケーションで一番大事なのは、あなた個人のアイデンティティ。とくにナショナル・アイデンティティを形成する教養。
  • そのためには日本のことを自覚(勉強)するとともに、外国(とくに欧米)のことも勉強しよう。とくに歴史と宗教はお互いを形成してきた重要な柱なので大事な知識源。
  • あなたは個人である前にひとりの日本人。意識していなくてもあなた自身が国益を担っている。少しでも国益に資そうとするなら、外国人に正しい日本を理解させる教養と専門能力を身につけよう。それこそが英語を学ぶ意義。
  • 結局、そのことを通じてあなたはあなた自身、あなたの祖国に対する愛を育むことになる。

「know yourself」の画像検索結果

※これ以下は、11月16日以前に公開してきた内容となります。

主要テーマは歴史・宗教、経済・貨幣、AI

知的武装の入口はいくつもあると思うが、当サイトでは過去、現在、未来の代表として、歴史・宗教、経済・貨幣、AIの3つを柱に情報提供を進めたいと考えている。何よりブログ主自身に関心があるテーマだからだ。

  • 歴史と宗教を学ぶことを通じて、過去の人間の行動や世界観を知ることができる。その結果、なぜ欧米はいまの欧米であり、日本はいまの日本であるのかをより深く理解できるようになるはずだ。
  • 経済と貨幣はいま現に生きている人間にとって死活問題、リアルでアクチュアルな問題だ。ここにアンテナを張ることはとても大事だろう。とくにおカネというメディアはホモサピエンスの脳が生んだ最大の発明品のひとつだ。
  • 未来については考えるとき、脳みそと肉体の総合拡張であるAIは格好のテーマだ。グルメや旅行や色恋も、最終的には脳やからだの満足・不満足(快感)の問題に行き着く以上、AIなる「脳機械」は非常に興味深い。それが、たとえばペットの犬や猫と何が違うのか、違わないのか・・・。

たまに時事ネタも扱うが、それは現在を読み解くためである。

AI時代に神を論じる意味:恐怖心と支配欲

なんでいまさら神様のことなんか気にするの?と思われるかもしれないが、どんなに文明が進展し科学が発達しても、人間は神というものを逃れられない。神は人間の根源的な恐怖と不安に根差しているからだ。おそらく人間の脳幹奥深くには強い動物に生存を脅かされ、恐怖に支配されていた時代の記憶がいまも残存している。生贄だって最初は神ではなく強い動物に捧げていたのである。

裏を返せば、人間は強い動物の行動や生態を観察することで、己の周囲(環境)を支配したいと強く思うようになった。人間の文明は野生に対する武装であり集団安全保障なのである。

人間が素晴らしいのは野性に屈しなかったところだ。肉体的なハンデを知能で克服したのだ。

  • 人間はひとりでは敵わないから群れを組み、技術を編み出し、道具をつくることで体力のハンデを克服していった。狩や採集のみに頼らない農耕技術の発明は画期的だ。特定の動物を手なずけ、家畜化し、ペット化していった知恵も脱帽ものだ。
  • 人間が動物恐怖を克服し、村や町を営むようになると、狼やライオンの代わりに集団内の傑出した指導者や英雄を崇めるにようになった。それが族長や王を発生させ、彼らへの敬意や畏怖が神という概念を生んでいく。
  • そして周囲への支配欲から農業革命が起こり、分業社会が生まれ、都市が形成され、国家が生まれた。
  • 国家が隣接する時代に入ると、周囲への支配欲が国家同士の戦争を生む。この段階の神はそれぞれの国家が独自に拝むものだった。
  • やがて国家の中の国家、いわゆる帝国が生まれると、諸国家の壁を超える共通の神が必要となり、一神教信仰が生まれ広まっていった。

宗教と政治は不即不離のものとして発達してきた。いまもそうである。世俗化したといわれる現代でも、神の代替物が社会に溢れている。マネーもアイドルも何らかのイデオロギーもすべては疑似ゴッドなのだ。客観的に映る自然科学だって、結局は、人間は世界を100%理解できるという “信仰” に基づいている。それは証明しようのない人間の思いだ。その思いがなければ科学はとうの昔に廃れているはずだ。

新たな文化を生むために神という価値判断のシステムを学ぼう

近い将来AIが部分的に人間の労働を代行してくれるだろう。人間は益々自由に考える時間ができてヒマになる。素晴らしいことではないか。

ここ数百年は庶民に私有財産を与えるための格闘の時代で、いわば自由を下々へ普及させる時代だった。その弊害は一部の金貸しに国が乗っ取られて、国民が自由を得るために不自由を余儀なくされる事態に至ったことだ。時間貧乏が増え、カネで時間を買うようになってしまった。

でも、AIが手助けしてくるなら、人間はいまより自由に自分の思いを実現するチャンスに恵まれるだろう。社畜を拒否する若者たちが増えているのは頼もしい。これまでの社会モデルで彼らを非難するのは短絡的に過ぎる。世界でも感性の細やかさ、文化程度の高さで日本は頭抜けている。その日本の優秀な若者が会社より自分自身で生きることを選んでいる現状は、新たな時代の生き方を先取りしているのである。

「know yourself」の画像検索結果

日本という国の有利さを考えよう

世界にはESL(English as Second Language)国が圧倒的に多い。日本は数少ないEFL(English as Foreign Language)国のひとつだ。非西洋国の癖に母国語で高等教育を受けられる稀な特権(優位性)をもった強国なのである。そこに強みと弱みが混在している。強みはユニークな国柄を維持するアドバンテージを持っている点、弱みは母国語で不自由しないので英語下手、つきあい下手、お人好しな点だ。

西欧近代に対する国を挙げての格闘の経験は、大変化の時代にこそ生きてくるはずである。なぜ生きてくるかといえば、リスクヘッジできているからだ。

  • 世界はグローバル化をやめない。開かれた世界で貧しい国も徐々に富んでいくと衣食住たりて、内面が注目されるようになる。日本はラーメンにさえ「ラーメン道」があるほどの、多種多彩な精神文化の宝庫である。
  • 一方、それと同時に各国はナショナリズムに目覚め閉じこもり傾向を強めた場合でも、日本は自然に引きこもれる。本来、自分たちの国だけで充分やっていける国柄だからだ。

何かと悲観的に論じられる少子高齢化だが、その手の議論はAIもブロックチェーンもない時代の、官僚的で活力が失われたオトナたちが勝手に日本社会にリミッターを設定しているのではないか。上の引用にある通り「人間の可能性は自らが自らに課した限界のみに規定される」。むしろAI時代が本格化すると、日本人の得意分野であるきめ細かなソフトパワーが思いや気持ちの表現に活かされ、誰もが羨む例外的な先進国になるのではないか。

英語脳がカバーしきれない部分を日本語脳が補完する

つまり、AIの進展とともに日本人は日本人にしかできないかたちで世界の進歩に貢献し始めるのではないか。既成のAIは到底ヒトにはなれない弱点を抱えている。AIはあくまで “intelligence” である。人間存在は知・情・意というように知だけでは成立しない。AIは知と意はカバーできても、まんなかの情をすっぽり欠いている。AI開発はキリスト教文明のクセのようなもので、知能のように理性の世界(ロゴス)を扱うのは得意だが、情の世界(パトス)を扱うのが下手なのである。

繰り返しになるが、今後は理性>情という図式が崩れ去り、思い(情)がものをいう世界が来る。おそらくマネーの世界も、武力よりも思いを担保するような方向へ変化していく。AIの開発は次第に知・情・意を含んだ Artificial Consciousness(AC、人工意識)の開発に移っていくだろう。では、ブレークスルーはいつ起きるのか?

正確にはわからない。もし日本人が知・情・意を兼ね備えた真に人間らしいサイボーグを生み出すのであれば、英語と日本語は象徴的にAIとACを代表する言語になる運命なのかもしれない。

当サイトはみなさんが、こういうエキサイティングな時代のとば口で無用なコンプレックスを持ってほしくないと考え、日本人の誇りを噛みしめながら、英語という厄介な対象に向き合うことを手助けしたい。