【英語史】英語のリンガ・フランカへのあゆみをざっと知っておこう
ブリテン島で英語が生まれたのは約1,600年前。英語は海を渡ってブリテン島へやってきた数々の民族の興亡と侵略により形成された。同じ島国でも、日本語のように、同一民族が他民族に侵略されず独自に形成してきた言語とは大きく素性が異なる。今回は駆け足で英語のあゆみを振り返ろう(ノルマン・コンクエスト以降については今後、折に触れて年表を増補していく予定)。
英語形成史
前史:英語はインド・ヨーロッパ語族ゲルマン語派の一員
英語はインド・ヨーロッパ語族ゲルマン語派に属しているが、インド・ヨーロッパ語の担い手である諸民族はいずれも共通の祖先から派生したと考えられている。その共通の祖先が話していたことばは印欧祖語(Proto-Indo-European language、PIE)だと考えられていて、たとえば、現代でもその痕跡の証拠として次のような近縁性が指摘されている。
- 父を意味することば
father in English, Vater in German, pater in Latin and Greek, fadir in Old Norse and pitr in ancient Vedic Sanskrit.- 兄弟を意味することば
brother in English, broeer in Dutch, Brüder in German, braithair in Gaelic, bróðr in Old Norse and bhratar in Sanskrit.- 3を意味することば
three in English, tres in Latin, tris in Greek, drei in German, drie in Dutch, trí in Sanskrit.- 存在を示す動詞
is in English, is in Dutch, est in Latin, esti in Greek, ist in Gothic, asti in Sanskrit.- 一人称目的格
me in English, mich or mir in German, mij in Dutch, mik or mis in Gothic, me in Latin, eme in Greek, mam in Sanskrit.- ねずみを意味することば
mouse in English, Maus in German, muis in Dutch, mus in Latin, mus in Sanskrit.
英語はなぜBritishではなくEnglishなのか?
英語はブリテン島で形成された言語なのになぜBritishではなくEnglishと呼ばれるのだろうか?
EnglishはEnglandの形容詞で「アングル人の陸地」(AnglelandがEnglandに変化)という意味だ。文字通りには「アングル人のことば」がEnglishだ。つまり、EnglishがEnglishと呼ばれるのは、ブリテン島の中でもアングロ・サクソンの一翼を担ったアングル人の集住地域を中心に発達したからなのである。
実際、Englandはグレートブリテン(大ブリテン島)の南半分を占める国に過ぎない。かりにBritishと呼べばケルト人の言語が完全に無視されてしまう。北のスコットランドや西のウェールズは混血を繰り返し、いまは当たり前のように英語を使っているものの、相変わらずそこはケルト系住人の土地なのである。
ケルト系住民の言語
グレートブリテンとアイルランド島、マン島などブリテン諸島の原住民であったケルト民族は、当初、島嶼ケルト語(Insular Celtic)と呼ばれる祖語を使っていたが、後に定住地の移動とともにゲール語(Gaelic、図中の緑。アイルランド語、マン島語、スコットランド・ゲール語など)とブリソン語(Brytonic、図中の青。ブルトン語、コーンウォール語、ウェールズ語など)に分化していった。ケルト諸語はインド・ヨーロッパ語族ケルト語派に属し、同じインド・ヨーロッパ語族でも、アングロ・サクロン人の使うゲルマン語派とは系統が異なる。
また、スコットランド北部のピクト人が使っていたピクト語(Pictish)はその出自が確定されていない。インド・ヨーロッパ語族ではなく、インド・ヨーロッパ語族の流入以前からインドやヨーロッパで使われていた先印欧語(Pre-Indo-European languages)ではないかとする説もある。同様に先印欧語ではないかといわれる言語に、インドのドラヴィダ語族(Dravidian)、スペインとフランスにまたがるバスク地方のバスク語(Euskara)などがある。
英語の形成と主な出来事
以下の年表で英語のあゆみを概観できる。各出来事には簡単な補足とキーワードを載せておく。
出典は以下のサイトになる。
イギリス、ブリテン、UKの区別については以下の記事を参照してほしい。
関連記事:イギリスとはどこか?ブリテン?イングランド?UK?
A brief chronology of English 英語史の主な出来事 |
||
---|---|---|
55 BC | Roman invasion of Britain by Julius Caesar ユリウス・カエサルのローマ軍がブリテン島を侵略ネイティブだったケルト系住民(ブリトン人、Britons)はローマに服属。この頃の使用言語はケルト系言語で、今日の英語とは近縁性が低い。 |
Local inhabitants speak Celtish ケルト語 |
AD 43 | Roman invasion and occupation. Beginning of Roman rule of Britain ブリテン島のローマ支配始まる。ローマ軍の進駐および都市建設が活発化。ローマ人はブリテン島はブリタニア(Britannia)と呼んだ。ブリタニアに残るローマの遺産については以下の記事を参照してほしい。関連記事:ブリタニア時代:イギリスに残るローマ帝国の痕跡 |
|
436 | Roman withdrawal from Britain complete ローマ軍が撤退。大陸ではローマ帝国領内への他民族(ゲルマン系のゴート人、ヴァンダル人)の侵略が激しくなり、西ローマ帝国はこの後半世紀で滅亡。 |
|
449 | Settlement of Britain by Germanic invaders begins ゲルマン人の侵略・定住が活発化 |
|
450-480 | Earliest known Old English inscriptions この頃、最古の古英語文献が書かれる。聖アウグスティヌスによるキリスト教布教、詩人キャドモンの『賛歌』(Cædmon’s Hymn)、『ベオウルフ』(Beowulf)の誕生。北方ゲルマン系民族のブリテン流入は、ケルト人の諸侯が外敵からの護衛を目的に、ジュート人(Jutes)の傭兵をブリテン島へ引き入れたことに端を発した。ジュート人の根城はイングランド南部のケント州(始めにキリスト教を受け入れ始めた地域でもあり、そのため現在でもイギリス国教会のカンタベリー大聖堂はケントの地にある)。 |
Old English 古英語 |
1066 | William the Conqueror, Duke of Normandy, invades and conquers England ノルマンディー公ウィリアム1世(フランス語読みではギョーム、現在の英王室の祖)がヘイスティングの戦い(Battle of Hastings)でイングランド王ハロルドを破り、イングランド支配を確実なものとする(ノルマン・コンクエスト、Norman Conquest)。アングロ・サクソン王朝は途絶えノルマン王朝が成立。 |
|
c1150 | Earliest surviving manuscripts in Middle English 中英語の現存最古の文献が書かれる。ノルマン・コンクエスト以降、イギリスは北ゲルマン系政治・文化圏から北フランス政治・文化圏へ移行する。この時代の特徴を要約すると次のようになる。
政治・行政の場での使用が禁じられ、英語は事実上、イングランドの書き言葉ではなくなった。英語で書記することを許されていたのは、英国史『アングロ・サクソン年代記』を綴るピーターズボロの聖職者のみだった。(中略)13世紀はじめのイングランドの言語環境は、文学と貴族の言語はフランス語、教会と法律文書の言語はラテン語、庶民の日常コミュニケーション語は英語というトリリンガルな環境だった。 |
Middle English 中英語 |
1348 | English replaces Latin as the language of instruction in most schools 学校教育で使われる言語がラテン語から英語に切り替わる。 |
|
1362 | English replaces French as the language of law. English is used in Parliament for the first time 法律用語がフランス語から英語に切り替わる。議会で初めて英語が用いられる。 |
|
c1388 | Chaucer starts writing The Canterbury Tales チョーサー『カンタベリー物語』成る。 |
|
c1400 | The Great Vowel Shift begins 大母音推移始まる。 |
|
1476 | William Caxton establishes the first English printing press ウィリアム・キャクストンがイギリス初の印刷機を製造する。 |
Early Modern English 初期近代英語 |
1564 | Shakespeare is born シェイクスピア生まれる。 |
|
1604 | Table Alphabeticall, the first English dictionary, is published 初の英語辞書『テーブル・アルファベティカル』(編纂者Robert Cawdrey)が発行される。 |
|
1607 | The first permanent English settlement in the New World (Jamestown) is established イギリス初の永続的植民地ジェームズタウンがアメリカのヴァージニア州に建設される。 |
|
1616 | Shakespeare dies シェイクスピア死去。 |
|
1623 | Shakespeare’s First Folio is published シェイクスピアの初めての作品集『ファースト・フォリオ』が出版される。 |
|
1702 | The first daily English-language newspaper, The Daily Courant, is published in London 初の英語日刊新聞『デイリー・クーラント』がロンドンで出版される。 |
|
1755 | Samuel Johnson publishes his English dictionary サミュエル・ジョンソンが英語辞書を発行する。 |
|
1776 | Thomas Jefferson writes the American Declaration of Independence トーマス・ジェファーソンがアメリカ独立宣言を執筆する。 |
|
1782 | Britain abandons its colonies in what is later to become the USA 大英帝国が現アメリカ領土内の植民州を放棄する。 |
|
1828 | Webster publishes his American English dictionary ウェブスターが米語辞書を発行する。 |
Late Modern English 後期近代英語 |
1922 | The British Broadcasting Corporation is founded BBCが創設される。 |
|
1928 | The Oxford English Dictionary is published オックスフォード英語辞書が発行される。 |
北欧ヴァイキングの世界的侵略
中世のヨーロッパにおいては、イギリスに限らず、スカンジナビア半島出身のノルマン人の活動が大きく歴史を動かした。
ノルウェー出身のヴァイキング(ノルマン人)
- 9世紀、北フランスに侵出し、ノルマンディー公国(Duchy of Normandy)を築く。
- 11世紀、イングランドに侵出し、征服王朝ノルマン朝(Norman Dynasty)を築く。
- 11世紀、南イタリアのシチリア島に侵出し、イスラム教徒を駆逐してシチリア王国(Kingdom of Sicily)を建国。オートヴィル朝(Hauteville Dynasty )を築く。
デンマーク出身のヴァイキング(デーン人)
イングランド、北方ドイツ、フィンランドをはじめ西はカナダ、東はウクライナにまで侵出。
スウェーデンのバイキング(ヴァリャーグ)
- ロシア高原にルーシ・カガン国、ノヴゴロド公国、キエフ大公国を建国。
- 黒海方面にも進出。商圏拡大も兼ねて東ローマ帝国(ビザンツ帝国)のコンスタンティノープルを侵攻。
おまけ:英語の変遷に関する動画(14分半)
- 3:40くらいからオールドイングリッシュの発音が聞ける。『ベオウルフ』冒頭の朗読(+対応する現代英語の朗読)
- 7:50くらいからミドル・イングリッシュの説明。
- 9:50くらいからミドル・イングリッシュの発音が聞ける。『カンタベリー物語』の朗読(+対応する現代英語の朗読)
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません