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【ポップスで英語を学ぶ】George Michael “Hand to Mouth”:イディオム・句動詞から聖書にまつわる話まで

♪音楽, 宗教, 英語の話, 語源学

亡くなってしまったジョージ・マイケルのデビューアルバム『Faith』(1987)に収録されている一曲 “Hand to Mouth” でイディオムや句動詞の勉強をしよう。

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ジョージ・マイケルと曲の背景

(出典: Wikipedia commons)

ジョージ・マイケルは1963年ロンドン生まれのイギリス人。本名はGeorgios Kyriacos Panayiotou。父親はキプロス島からの移民で、苦労の末、レストラン経営者になった人物。母親は踊り子だったが、祖母はユダヤ系だという。

彼は高校までふつうの男の子として成長し、芸能とは無縁の生活を送った。転機が訪れたのはハイスクール時代のアンドリュー・リッジリーとの出会い。お互いバンド活動にのめりこむ。鳴かず飛ばずだったが、1981年、Wham!でレコードデビューを果たすとヒット曲を連発し、一躍アイドルとして頂点を極めた。

ほぼ5年の活動でWham!に終止符を打つと念願のソロデビューを果たす。デビューアルバムは空前の大ヒット。彼の音楽的才能は抜きんでており、とくにサウンドプロダクションのセンスは今の耳で聴いても上質。

元アイドルの不運?

Wham!として売れたことは彼の幸運でもあり不運でもあったように思う。元アイドルの色眼鏡で見られ、ミュージシャンとして正当に評価されていない感じが、ずっとつきまとっていた。私生活のやんちゃぶりが面白おかしく報じられると次第に寡作となり、決して順風満帆のソロキャリアとはいえなかった。

血筋のなせる業なのか、ジョージ・マイケルにはとくに憂いを帯びた声にイギリス人であってイギリス人でない、どこか異質な要素がある。多くの人を惹きつける何かはこの異質さにあるように思う。

“Hand to Mouth”

形容詞または副詞: having or providing nothing to spare beyond basic necessities; having only enough money to survive
  • 例文:Since the layoff, he went through a two-years of hand-to-mouth life.(首切りにあって2年間、彼はその日暮らしに追い込まれていた)
  • 例文:Many people in this neighborhood of the city live hand to mouth.(この界隈にはかつかつの暮らしをしている人が多い)

“Hand to Mouth” は隠れた名曲だと思う。歌詞は曲調の軽さとは異なりシリアスだ。おそらく時代背景はレーガン=サッチャー全盛の頃。日本でも耳タコの行革・規制緩和路線を歩んだ結果、富める者はより富み、富まざる者は職を失うこととなる。かつかつ、その日暮らし(hand to mouth)は、そんな時代を象徴するキーワードとして用いられている。

この何のための改革なんだかわからない状況は日本も他人事ではなく、リアルタイムの事象である。

1番の歌詞

Jimmy got nothing made himself a name
With a gun that he polished for a rainy day
A smile and a quote from a vigilante movie
Our boy Jimmy just blew them all away
He said it made him crazy
Twenty five years living hand to mouth
Hand to mouth, hand to mouth, hand to mouth

世間に認められる才能にも恵まれず、ずっと失意の生活を送っていた25歳の若者が、自警団を扱ったバイオレンス映画の台詞を引用しながら、笑って人々に向けて発砲したらしい。悲劇である。

make oneself a name

make a name for oneselfと同じ。to become famous or respected by a lot of people(Cambridge Dictionary)

日本語の「名を成す」と同じ。「有名になる」、「才能を世間に認められる」、「ひとかどの人間として扱われる」という意味。逆は、nobody(someone who is not important)

  • 例文:He’s made a name for himself as a talented journalist.(有能なジャーナリストとして注目を集めた)
  • 例文:He’s just some nobody trying to get noticed by the press.(メディアに売名行為をしているただのクズだ)

vigirante

a person who tries in an unofficial way to prevent crime, or to catch and punish someone who has committed a crime, especially because they do not think that official organizations, such as the police, are controlling crime effectively. Vigilantes usually join together to form groups.(Cambridge Dictionary)

直接にはスペイン語から英語に入った(ラテン語由来)。公共の警察などが機能しない時代・場所における、自発的に武装した、いわゆる自警団のメンバーのこと(self-claimed doer of justice、自称正義の行使者)。派生語にvigilantism。自警主義とは「公権力に代わって法を日執行する態度」。日本の仇討もこれに属すかもしれない。

関連記事

この記事に出てくる get away with は句動詞。「逃げ切る」「持ち逃げする」の意味だが、この文脈では「罪を問われない」ことを意味する。

  • 例文:You won’t get away with it. / I’m not letting you get away with it.(タダじゃ済まないからな)
  • 例文:Do you think you can get away with driving a car without a license? (無免許運転してお咎めなしで済むと思うのか?)
関連語

vigilanteの語源はvigil。vigilの派生語としてvigilance(警戒・用心)、vigilant(油断がない、緊張感を持った)もよく使われる。いずれも原義は「ずっと見ていること」(watchful、awake、alert)。

  • 例文:Following the bomb scare at the airport, the staff have been warned to be extra vigilant.(爆破事件の余波でスタッフはとくに警戒を強めるよう警告を受けた)
  • 例文:The vigilance of a mother fox protects her young from danger.(母狐の用心深さのおかげで子狐は無傷だった)

よくニュース映像で下のような追悼集会を見ると思うが、これをvigil(candlelight vigilとも)と呼ぶ。基本は寝ずの(徹夜の)集会である。

(出典:Boston Globe)
晩祷の儀式

この寝ずの番で死者の魂を弔う行為でわかるように、vigilは宗教起源のことばだ。本来は夜を徹して行われるキリスト教会の晩祷儀式を指す。英語でall-night vigil、あるいはvespersと呼ぶ。

ラフマニノフが書いた晩祷用の音楽が有名。甘ったるい感じのピアノ協奏曲しか聞いたことのない人は目からウロコが落ちること請け合い。本格的な宗教曲だ。

blow someone away

対照的な意味を持ちうる句動詞。イメージは日本語と同じで「ふ(ぶ)っ飛ばす、吹き飛ばす」だが、歌詞では2つ目の意味で使われている(口語表現なので硬い文章には使わない)。

(ポジティブな意味で)驚かす
to surprise or please someone very much(Cambridge Dictionary)
  • 例文:The ending of that mystery novel will blow you away.(あのミステリーの結末を読んだらぶっ飛ぶよ)
銃殺する
to kill a person by shooting them(Cambridge Dictionary)

例文: Four of the mob were already blown away when the cops got there.(警官が駆け付けたとき群集の中の4人はすでに銃殺されていた)

2番の歌詞

Sweet little baby on a big white doorstep
She needs her mother but her mother is dead
Just another hooker that the lucky can forget
Just another hooker
It happens everyday
She loved her little baby
But she couldn’t bear to see her living hand to mouth
Hand to mouth, hand to mouth, hand to mouth

街娼さえ食いつめて幼い子どもを裕福そうな家(”big white doorstep”)の玄関先に捨て子し、自らの命を絶つご時勢。


最後の “she couldn’t bear to see her living hand to mouth” の最初のsheは母親、次のherは子ども。「我が子がかつかつで生きるのを見るのに忍びなかった」。

リフレイン

I believe in the gods of America
I believe in the land of the free
But no one told me
(no one told me)
That the gods believe in nothing
So with empty hands I pray
And from day to hopeless day
They still don’t see me
(see me)

自由の国だというアメリカ。アメリカの神々を信じて渡っては見たものの、こんなはずじゃなかった。アメリカの神々が誰も信じていないなんて、誰も言ってくれなかったじゃないか。徒手空拳で祈りを捧げるしかないのか?オレの存在はいつか神々の眼に触れるだろうか?


“the gods of America” と集合形になっている点に注意。ここではとくに宗教的な神に言及しているのではなく、貧しい者からは神のように感じられる成功者たち、権力者たち全体を指しているのではないかと思う。

3番の歌詞

Everybody talks about the new generation
Jump on the wagon or they’ll leave you behind
But no one gave a thought to the rest of the nation
“like to help you buddy but I haven’t got the time”
Somebody shouted “save me”
But everybody started living hand to mouth
Hand to mouth, hand to mouth, hand to mouth

新しい時代が来てみんな飛び乗った。乗り遅れたのは乗り遅れたやつが悪い。国のことなんか知るか。「助けてくれ」「助けてあげたいけど、あいにく時間がない」

new generation

これはサッチャー政権下の規制緩和による一大起業ブームを指していると思われる。それまでアメリカにいたイギリス人も資本移動や税制優遇策に飛びついて本国へ殺到した。そのあおりを受けたのが社会保障など政府の給付事業である。サッチャーさんはこんな風に言っている。いまの日本でも誰かがいいそうなセリフだ。

“I think we’ve been through a period where too many people have been given to understand that if they have a problem, it’s the government’s job to cope with it.

‘I have a problem, I’ll get a grant.’ ‘I’m homeless, the government must house me.’ They’re casting their problem on society. And, you know, there is no such thing as society. There are individual men and women, and there are families. And no government can do anything except through people, and people must look to themselves first. It’s our duty to look after ourselves and then, also to look after our neighbour.

People have got the entitlements too much in mind, without the obligations. There’s no such thing as entitlement, unless someone has first met an obligation.”(雑誌Women’s Ownの1987年10月号掲載インタビュー記事より)

何でも政府に頼るな、自助努力が大事だという小さな政府論、自己責任論である。政府の責任放棄ともとれる発言。一昔前の小泉=竹中とそっくりな内容ではないか。

つまり、このレーガン=サッチャー時代というのは、いまの状況の基本路線を敷いた時代なのである。

ちなみに、英語では多くの場合、権利と義務というときの権利はrightではなくentitlementという。法的に給付が義務付けられた社会保障精度(年金、失業手当、生活保護費用など)はentitlement program(s)。

jump on the wagon

jump (get、climb) on the bandwagonの方が一般的。「時流に乗る」、「便乗する」の意味。jump on somebody’s (band)wagon といえば、「人の勢いに便乗する」、「人気にあやかって支持に回る」といった意味になる。投資の世界では、株が上がり始めたので何も知らず(調べす)に飛びつき買いすることをいう。

  • 例文:You need to get in a stock before big fund money comes in and drive the price up and everyone else jump on the bandwagon. That’s the time you jump off.(株は大口のファンドが買って値を吊り上げる前に仕込んでおくものだ。みんな飛び乗ってきたら、そのときはすかさず飛び降りる)
  • Now we see another TV company climbing on the ‘reality TV’ bandwagon.(他の放送局もリアリティTVブームに便乗してきた)

4番の歌詞

There’s a big white lady
On a big white doorstep
She asked her daddy and her daddy said “yes”
Has to give a little for the dollars that we get
Has to give a little –
They say it’s for the best
Somebody shouted
Maybe
But they kept on living from hand to mouth
Hand to mouth, hand to mouth, hand to mouth

大きくなった少女が白い家の玄関先に立つ。ダディー(おそらくコールガールの元締め)に「いいの?」ときく。ダディーは「いいよ」と返す。庶民のなけなしのカネと引き換えに、彼女は「(彼女の)少しを与える」。それはみんなのためいいことだから。「ホントに?」と叫ぶ声。

リフレイン

So she ran to the arms of America
And she kissed the powers that be
And someone told me
(someone told me)
That the gods believe in nothing
So with empty hands I pray
And I tell myself
One day
They just might see me

大きくなった少女はアメリカの懐に飛び込んで、お偉いさんたちにサービス。アメリカの神々は誰も信じていないと、誰かが言った。オレは今日もむなしく祈り続けるしかない。神々はいつかオレに気づいてくれるだろうか。

the powers that be

important people who have authority over others

TPTBと略記される場合もある。

聖書(Tyndale Bible、ティンダル版聖書)に初出する以下の表現に由来する表現。その重々しい感じが(皮肉を込めやすいので)現在でも多用されている。本来はカトリック教会の絶対的権威を保証する文言だが、いまでは宗教者に限らず力を持つ者は「・・・」というわけだ。

Let every soul be subject unto the higher powers. For there is no power but of God: the powers that be are ordained of God.(Romans 13:1)
人は皆、上に立つ権威に従うべきです。神に由来しない権威はなく、今ある権威はすべて神によって立てられたものだからです。(ローマ書第13章1節)

https://en.wikipedia.org/wiki/The_powers_that_be_(phrase)

ティンダル版聖書

ティンダルというのは宗教改革の時代、あちこちを転々しながら、命がけで聖書を英語訳した偉い男である。Wikipediaの解説を引用する。

ウィリアム・ティンダル(William Tyndale [ˈtɪndəl], 1494年あるいは1495年 – 1536年10月6日)は、聖書をギリシャ語・ヘブライ語原典から初めて英語に翻訳した人物。
宗教改革への弾圧によりヨーロッパを逃亡しながら聖書翻訳を続けるも、1536年逮捕され、現在のベルギーで焚刑に処された。その後出版された欽定訳聖書は、ティンダル訳聖書に大きく影響されており、それよりもむしろさらに優れた翻訳であると言われる。実際、新約聖書の欽定訳は、8割ほどがティンダル訳のままとされる。
すでにジョン・ウィクリフによって、最初の英語訳聖書が約100年前に出版されていたが、ティンダルはそれをさらに大きく押し進める形で、聖書の書簡の多くの書を英訳した。
欽定訳聖書(King James Version)は近代英語の基礎となったとされる権威ある聖書だが、事実上その英語の大半を書いたのはティンダルさんなのである。
以下の動画は彼の生涯を紹介したBBCのドキュメンタリー番組。

まとめ

以上、この歌にはむずかしいことばはほとんど使われていないが、象徴的な表現が多く、ある程度こちらの解釈で補うしかない。

2番の捨てられた少女と4番の若い女が同一人物である必要はないが、同じ “big white doorstep” を力の象徴として用いている以上、つなげて解釈すべきと判断した。死んだ街娼の子はアメリカに渡って高級コールガールになった。皮肉なことに、構造改革の結果、売春の世界も “差別化” が進んだのだろう。

新自由主義の推進者(ビジネス成功者)や権力者たちに対するジョージ・マイケルのシニカルな視線が全体を貫いている。声高に批判するでもなく、さらりと刺しているところはさすがにイギリス人だと思う。


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