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【語源学の旅】ミトラ教02:キリスト教のクリスマスは冬至の祭?

2018-06-06宗教, 文明文化の話, 歴史, 語源学

引き続きミトラ教について、今度は違うイラン人の書いた英文(部分)をネタに話を進めよう。ミトラを介してキリスト教へ流れ込んだものとは何かが大事なのである。

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アブラハム宗教は多くをイランの古代宗教から借用

筆者は自分でナショナリストだと言っている。8000年におよぶ民族伝統がありながらアラブ化(シーア派)されていく祖国の現状がいたたまれないようだ。

シーア派
英語ではShia。形容詞形はShiite。シーア派の人々を指す場合は the Shiites、またはShiite Muslims。
ちなみに対立するスンニ派は英語でSunni、またはSunnah。

だから、この筆者の記述に多少のバイアスがかかっているかもしれない。しかし起源から考えれば、ミトラ教は明らかにアブラハム宗教に先行している。

磔→復活→昇天は科学知の宗教化

あらかじめポイントだけ搔い摘んでおくと、キリスト教における「磔刑→復活→昇天」という重要なドラマが、古代イラン神官(マギ)の天文学的(占星学的)知識を正確に反映した、ミトラ教の教義なのだという。この説明には唸らされた。聖書の文脈では意味不明な、一連の “奇跡” の意味が科学合理的に納得できるからだ。

cocoparisienne / Pixabay

ちょうど今頃の冬至の季節は一年中で最も日照が短く太陽の力が弱く感じられる。クリスマスの本来的意味は冬至祭、すなわち太陽の復活を祝う祭なのだ。

この点だけに限定しても、ミトラ教(厳密にはゾロアスター教を介したミトラ)がキリスト教に与えた影響は大きい。キリスト教が定着しいった過程で、太陽に即した「犠牲死→復活→昇天」の本来的意味が見失われていったのだろう。

特にローマ帝国を介してキリスト教が北方へ伝播していくと、北欧神話の要素が混入する。クリスマスツリーは、本来のイランのパインツリーから樅ノ木に変わり、サンタクロースが登場してくる・・・

イエス生誕あるいは復活のようなキリスト教教義の根幹を、異端の宗教(paganism)から借用していたのだとしたら、欧米人、特にカソリックの聖職者にとって由々しき事態だ。このことが事実だとしても、今後も彼らは認めないし、この知識が一般化される可能性も低いだろう。AI記事で紹介した歴史家のハラリ氏も言うように、人間の歴史にとって冷厳な事実より納得できるストーリーの方が大事だからである。

現代のイランはいったい誰と何を戦っているのか?

Our youth in Exile (outside Iran) are becoming fully Westoxicated and our youth in Inxile (inside Iran) are becoming fully Arabtoxicated. The young generation of Iranians have no clue of their rich 8000 years old history and surely they have no self-identity!

「外地にいるイランの若者は西洋化し、国内のイラン若者はアラブ化している。そのため8000年にも及ぶ豊かなイランの歴史について何も知らない。したがって自分が誰かわからない!」


まず英語の注釈から。

have no clue
定型句で「何もわからない」の意。引用文の clue につづく前置詞 of は間違い。以下のようなフレーズはよく使われる。
have no clue about (as to) something
have no clue what do about something
have no clue what one is talking about something
3つ目は批判的な(あるいはあざけりの)ニュアンスがこもる。
例文:He has no clue what he’s taking about the current situation of the Trump Administration.(あいつはいろいろ言っているけど、トランプ政権の置かれている状況を何もわかっちゃいない)

この筆者の嘆きには、戦後日本人も身につまされるだろう。たしかに現在のイランは完全にアメリカ=イスラエル=サウジアラビアの敷いた包囲網の中で、この国本来の姿を取り戻せずに、もがき苦しんでいるように見える。それはホメイニが革命を起こしてシャーを追い出したとき決定的になったようだ。

シリアはイランとともにシーア派が多数を占める数少ない “同盟国” だったから攻撃されたとも言えるだろう。カタールがサウジから一方的に断行されたのも、カタールがシーア派の国だからだ。

出典:Money Voice

中東情勢は一見イスラム教内の派閥争い、あるいは米ソの代理戦争のように見えるが、その米ソもまた誰かと誰かの代理戦をしている可能性が高い。

トコシエの解釈では、ヘブライ的思考には表と裏があり、表の勢力(聖書)と裏の勢力(カバラ)の争いにイスラム教が利用されているのである。それは20世紀に始まった話ではなく、ペルシャの昔、キュロス2世(Cyrus the Great)という王様がバビロニアを滅ぼし、ユダヤ人をエルサレムへ帰還させた時代に淵源を持っていると思う。本来ならイスラエルはイランに足を向けて寝られないはずだ。大恩人なのである。

この話題は後に譲って、まずミトラ教→キリスト教の影響関係を見ていこう。

ミトラ教の性に関する先進性

Mitra is both woman and man. Mitra originated in Iran and the Iranian Mitra was more feminine and more of a woman. Later on when Mitra and Mitraism spread to India, Greece, Rome and other places, Mitra had become more masculine and more of a man, yet in nature, Mitra has always been a Bi Gender Goddess both woman and a man.
Have in mind that the Ancient Persian Empire was very advanced and sophisticated. Issues such as gender bigotry, sexism, racism and slavery did not exist in the Pre Islamic Iran. All of these issues had entered Iran with Islam!

「ミトラは両性具有の神である。ミトラはイランで生まれた。イランにおいては女性の要素が強かったが、後にインドやギリシャ、ローマなどに広まっていくと男性的要素が強まっていった。しかしその本性は両性具有である。

古代のペルシャ帝国は非常に先進的で洗練されていた。イスラムに征服される以前のイランには性的偏見や性差別、人種差別、奴隷制度などは存在しなかった。それらはぜんぶイスラムが持ち込んだものなのだ。」


両性具有という概念は重要だ。ここにゾロアスター教による善悪二元分割への種がまかれていると言えるからだ。

Iranians did not have the present moral taboos! In Iranian society, had existed: Male, Female, Both Female and Male (Bi Gender), Neither Female nor Male (Neuter), Gay, Lesbian, Transgender, Transvestite and various other types of Gender Identities.
Iranian Gods and Goddesses were a representation of the Non Gender Bias Iranian Society. There was no Gender Discrimination in Iran. Iranians were free of Gender issues; furthermore, Iranians believed in endless variety of Gender Forms. Women were the most valuable in the Iranian society. We even had Feminist Goddesses such as Allatum a female masculine Goddess. Ancient Iranian society did not see the gender issue as Black and White, Male or Female!

「古代イランに現代的な性タブーは存在しなかった。イラン社会には男性、女性、バイセクシュアル、中性、ゲイ、レズビアン、トランスジェンダー、男装者、女装者など様々な人が暮らしていた。

したがってイランの神々もこうした性タブーのない社会を反映している。性差別がないばかりか、どんな施行でも受け入れられていた。しかし最も尊ばれていたのは女性だった。地下世界を支配する男っぽい女性神Allatumさえいた。」


ジェンダーの相違に基づいて以下のように神々が分かれているとは驚きである。

  • Ahreeman:男性らしい男性神
  • Anahita:女性らしい女性神
  • Mitra:バイセクシュアルな神(両性具有神)
  • Zurvan:中性神
  • Indira:女っぽい男性神
  • Allatum:男っぽい女性神

二元対立への分裂の兆しを見事に回避する発想形式ではないか。古代イランの多神世界はLGBTビックリの “先進性” を見せているのだが、イランの地政学的運命はこれを維持されてくれない。これに類した大らかな世界観は、インドのヒンドゥー教に辛うじて遺されているのかもしれない。

クリスマスツリーは樅ノ木ではなくイラン・パイン・ツリー

Originally, the Persian Pine Tree was not a local vegetation of the Iranian Plateau, yet it was brought from abroad to Iran and planted around Iran. Persian Pine Tree (Kaj-e Irani) being a rare tree was selected by the Mitraist (Mithraist) priests as the noble gift of the season for the gift bearers to be brought to the Mitraic Temples to honor Mitra the Ancient Persian Sun Goddess. The Persian Pine Trees were displayed in the vicinity of the original Mitraic Temples as gifts in the honor of Mitra. This was a tradition during the Season for the birth of Mitra (December).

「クリスマスツリーの原型は、イランが外地から持ち込んで育てていたイラニアン・パインツリー(Iranian pine tree)である。稀少種であるミトラ神官はこの木を太陽神ミトラを称えるに相応しい神聖な贈答樹と定めた。12月25日、ミトラの誕生を称えて贈られたツリーはミトラ神殿の周囲に飾られた。」

キリスト教とのさらなる類似点:12の随神、光、水上の奇跡

Mitra the Persian Sun Goddess originally had 12 followers which were the 12 months of the year and the signs of the Zodiac. Mitra had to pass these 12 months every year. Astronomically this was based on the fact that the Sun has to pass through 12 months of the year and in fact one year (12 months) is a full circle of Earth on its orbit around the Sun. As you know, Jesus also had 12 followers and close disciples!

「ミトラには12人の随神があった。地球は太陽の周りを一年で一周するので、12か月の各月と占星術の各星座がそれぞれの随神に対応する。イエスにも12人の使徒(apostle)がいる。」

Mitra is shown in art works and statue forms wearing a Corona (Crown of Thorns) and a Halo. Jesus also wears a crown of thorns put on him by the Romans and surely there’s always a halo around his head! Does this ring a bell?!

「ミトラは絵画や彫刻で光冠と光背とともに描かれるが、イエスも同様である。」

Mitra walked on the water of oceans, lakes and rivers simply because from the Earth, Mitraists observed that the Sun seems like it is walking on the water; therefore, it become a Mitraist expression that Mitra walks on the water. Of course you are well aware that who else walked on the water, don’t you? Yes, Jesus indeed!

「ミトラは生み、湖、川などの水上を歩く。これは地上から見ると太陽が水上を歩くように見えるからである。イエスもまた水上を歩く。」

神の磔、復活、昇天の天文学的意味

It was a fundamental factor of Mitraic Doctrine that Mitra was crucified, then resurrected and ascended to heavens. This was based on astronomical events which in fact Sun passes through the equinoxes (Crucified) such as the Vernal Equinox being Easter when she then revives (Resurrected); next, the Sun ascended into heaven during the spring equinox when it is the Passover and the time in which the sun crosses the equator, making night and day of the equal length. Do you know who else was crucified, then resurrected and ascended to heavens? You guessed it: Jesus!

「ミトラ教の教義において、ミトラの磔、復活、昇天は基本要素である。天文事象で太陽が春分点などの分点を通過するときミトラは磔にかかり、数日後イースター(復活祭)において復活する。そして太陽は春分期間に昇天する。言い換えれば、太陽が赤道を横切って昼と夜の長さが同じになるとき、過越の祭りが行われるのだ。同じく磔にかかり、3日後に復活し、昇天した者はイエスだ。」

<記事引用終わり>

出典wikipedia春分

ユダヤ教の過越の祭りとキリスト教の復活祭

過越祭(Passover)と復活祭(Easter)の関係については以下のサイトから引用する。

イースター(復活祭)は、キリスト教会にとって最も重要なお祝いの一つです。十字架の上で殺されたイエス・キリストが3日目に復活したことを祝うこの祭り。日本でも、イースターのキャンペーンを実施する企業も増え、イースターの名前が知られるようになってきました。

なぜキリスト教は「キリストが復活した」ことを盛大に祝うのでしょうか。これを理解する上で、イエスの時代のユダヤ文化、特に「過越(すぎこし)の祭り」を知っておくことが助けになります。

最後の晩餐は「過越の祭り」の食事

あなたは、最後の晩餐がユダヤの過越の祭りの食事であることを知ってましたか。イースター事件、すなわちキリストの十字架と復活は、過越の祭りの文脈で起きたものです。

イエスの時代、エルサレムのユダヤ人は、過越の祭り初日の夜に「セデル(順序)」と呼ばれる食事会を行いました。これは、自分たちの先祖がエジプトの奴隷状態からモーセによって解放されるとき、ユダヤ民族が神の裁きから守られ、一切の必要が満たされたことを忘れないようにするためのものです。

イエスが、十字架にかかる前の夜に弟子たちと共にした食事は、まさに過越の祭りのセデルでした。イエスの時代、過越の祭りで、汚れや傷のない完全な小羊が、いけにえとしてささげられました。

イースター事件では、完全な小羊イエスが、贖(あがな)いのために十字架にささげられました。すなわち、イエス・キリストこそ、歴史上ただ一人、罪のない人間として私たちの罪のためにいけにえとしてささげられた「過越の小羊」です。

かつて、エジプト脱出の前夜、神の使いがエジプト中の初子(長男)を殺す中、ユダヤ民族は、家の門に子羊の血を塗ることにより、神の裁きがユダヤの民を過ぎ越していきました。

同じように、小羊キリストの犠牲のゆえに、神の裁きはキリストの血で覆われている民を過ぎ越してくださいます。

「死→再生→復活」という世界観との出会い

死からの再生というストーリー、そのベースとなる神に約束された場所へいつか行けるという発想形式は、その後の人類史に巨大な影響を与えた。ディアスポラ(diaspora)としてのユダヤ人の根幹を支えると同時に、キリスト教に攻撃的・先取的な性格を与えた。

多神教ベースの社会は誰かが突出することはなく、争いは起きても競争は起きにくい。だから安定している。

しかし「死→再生→復活」という発想をもつ人間たちは「オレたちはこいつらとは違う、オレ達は神の領域へ進歩している、いつか審判の日が来て神に祝福される」と思って競争を厭わない。それが科学を発達させ、戦争を通じてテクノロジーを発達させた。

この「死→再生→復活」の思考パターンこそ前回ヘブライ的思考のベースパターンとなる。もう一度、モーゼの十戒を思い出してほしい。

  1. 自分以外の他に神々があってはならない(唯一神)。
  2. いかなる像をも造ってはならない(偶像禁止)。
  3. みだりに神の名を唱えてはならない(秘名性)。
  4. 安息日を守り、これを聖とせよ(労働軽視)。
  5. 父と母を敬え。
  6. 殺してはならない。
  7. 姦淫してはならない。
  8. 盗んではならない。
  9. 偽証をしてはならない。
  10. 隣人に属するものを貪ってはならない。

1~4と5~10の間に何か断層があるのを感じないだろうか?

5~10は人間誰にも当てはまるような道徳律だ。それに対して1~4は無理やり感が漂う。他と異なりたい願う選民願望が反映し、秘儀臭がする。

おそらく、このような秘儀性・選民願望を焚き付けたのが、ゾロアスター教を介したミトラ教の「死→再生→復活」思想との出会いなのである。本来のユダヤ教になかった “先進的” 要素が混入して、ヘブライ人の選民思想を鍛えたのだと言っていい。ヘブライ人は住所不定の漂泊の民だ。安定的な多神教社会、あるいはバール神に代表される「豊穣のめぐみ」に感謝する社会は望んでも得られない世界なのである。

今回の話はここから佳境に入っていくが、続きは次回にしたい。

こぼれ話のようになるが、ミトラ教は広く欧州に伝播していった。遠くロンドンまで秘密めいた礼拝所がつくられていたのである。

 

 

 

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