【英語の話】BELF(Business English as a Lingua Franca)とエスペラント語の見た夢
- 英語が化け物のように他言語を駆逐して頂点に君臨する日が訪れるのでしょうか?
- それとも中国語が台頭して時代錯誤の全体主義的統制を進めるのでしょうか?
- あるいはインターネットやAIの進展で未知の共通言語や、言語に代わる新しい共通コミュニケーション手段(たとえば、思っただけで相手に伝わる非接触・非発語型の交信技術)が生まれるのでしょうか?
今日はそんなことを考えてみたいと思います。
英語のリンガ・フランカ化とエスペラント語の見た夢
17憶人とも言われる英語話者人口(English-speaking population)ですが、その8割近くは英語を母語としないノンネイティブです。英語はネイティブとノンネイティブの間より、むしろノンネイティブ同士のコミュニケーションに欠かせないツールになっています。このツールとしての英語をEnglish as a Lingua Franca(ELF)と呼びます。
English has not become the global ‘lingua franca’ as a result of colonialism or soft power initiatives. It has been chosen by billions of people around the globe as the most effective and established method of communicating across borders. It has been co-opted as the language of ambition, of personal advancement and career progression.
英語が世界のリンガ・フランカになったのは植民地支配のせいでもアメリカのソフトパワー戦略の結果でもない。国境を超えたコミュニケーションの必要に迫られたとき、世界中の何億という人々が最も効率的で確立された手段として英語を選んだ結果だ。英語は野心をかなえるための、自己成長のための、昇進のためのことばとして選ばれたのである。
エスペラント語の見たローカルな夢
バベルの塔以来、共通語の実現は人類の宿願のひとつです。20世紀にはひとりの眼科医がエスペラント語(Esperanto)なる人工言語をつくって、故郷の民族のいさかいを終息させようとしました。
エスペラント語とはどこかの国でしゃべられているわけでもないし、どこか特定の民族で使われているわけでもない、「わけでもない」づくしの言葉です。しかしながら、世界のどこかでインターネットやなんとなく手にとった教科書で勉強した人が、ふらっと集まってきて、地球の大きなコミュニティーの一つになることができる可能性や創造性を秘めた言葉だとも言えるでしょう。
ザメンホフの「希望」
エスペラント語は130年程前にポーランド出身のルドヴィコ・ザメンホフというひげのおじさんによってデザインされた人工言語です。ドイツ語やロシア語、イディッシュ語などたくさんの言葉が話されていたビャウィストクという地方都市では言語が、違った民族のいさかいの種となっていました。ある日、そんな町に暮らしていたおじさんは突飛なことを思いつきました。
──自分で言葉を創って、それをみんなで第二言語として話せば平和になるんじゃないのか?
その結果、できたのが「エスペラント」という言葉でした。
ビャウィストクのいさかいの状況について、wikiからもう少し詳しい説明を引用しましょう。
ザメンホフは1859年にポーランド北東部のビャウィストクで生まれた。当時、ポーランドは帝政ロシア領で、町の人々は4つの主な民族(ロシア人、ポーランド人、ドイツ人、イディッシュ語を話す大勢のユダヤ人)のグループに分断されていた。ザメンホフはグループの間に起こる不和に悲嘆し、また憤りを覚えていた。彼は憎しみや偏見の主な原因が、民族的・言語的な基盤の異なる人々の間で中立的なコミュニケーションの道具として働くべき共通の言語がないことから起こる相互の不理解にあると考えた。
話者のいない人工語
エスペラント語はスラブ語族、ゲルマン語族、セム語族の間の和解や相互理解の深まりを祈念してユダヤ系ポーランド人によって生み出されたわけです。しかし中国語や日本語など非アーリア系のメジャー言語を無視していたため、とても世界共通語とは呼べません。このローカルな人工言語は話者のいないことばとして廃れていきました。
とろが近年、インターネットのおかげで息を吹き返しつつあるそうです。
21世紀になり、今まで地方史のような扱いであったエスペラント語を使った運動(エスペラント運動)は大きく形を変えた、と言えるでしょう。インターネットの発達によって、エスペラント語は国境を越えた教育のツールとして、創作活動のためのツールとして大きく姿を変えたのです。
リンガ・フランカとしての英語はエスペラント語と違って自然言語です。ELF普及の鍵は理念やイデオロギーにあったのではありません。もっと身近なキャリアップやビジネス拡張への欲求が英語話者を増やしたのです。
理念と自由意思
未来の英語がどうなっていくかを考えるうえで重視すべきは、やはり人々の自由意思がどこへ向かうかでしょう。
ソ連の共産主義政府は貧困撲滅、所得格差の解消を人工的な計画経済で実現しようとして、それに逆らう者を粛正する悲劇を克服できず、歴史の表舞台から退場しました。アジアの自立を目指していた日本軍は上から日本語を押し付けることで韓国人や台湾人を日本人にしようとして、本来利害衝突の少なかったアメリカと戦う破目に陥って自滅しました。
「エスペラントの夢」も「プロレタリアート独裁」も「八紘一宇」も立派な理念ですが、国境を超えた自発的な意思と結合しない限り、永遠に実現しないのです。
それとは一見反対に、今日のリベラル勢力のモーメンタムは抗しがたい力を持っていて、社会はどんどんフリーに、フェアに、フラットな方向へ進んでいます。そこには英語のリンガ化への反動や母語文化の防御反応が生じます。
おそらく英語のリンガ・フランカ化の裏には、英語ネイティブたちの危機意識が潜んでいるでしょう。彼らは願わくば、伝来の母語(文化言語)としての英語と、コミュニケーションツールとしての母語とは似て非なるEFLとを明確に切り分けたいのだと思います。この欲求を満たす器としてBELF(Business English as a Lingua Franca)というバリエーションが台頭してきているのです。
BEFL(Business English as a Lingua Franca)というビジネスチャンス
歴史上にはELFの先行モデルとなるケースが存在しています。ラテン語です。
先行モデルとしてのラテン語
ラテン語は “ハイブローな” ことば(文語)としてカトリック教会と大学で発達し、”ロウブローな” ヨーロッパ各地の人口が憧れ、学ぶところの言語になりました。18世紀にフランス語に、19世紀に英語にその地位を奪われるまで、実に1000年の長きに渡ってキリスト教世界のリンガ・フランカとして君臨したのです。
ラテン語は今日のEUに至るヨーロッパ文化の共通基盤を形成した立役者だと考えられています。当然、強大なローマ帝国の武力と経済力が普及を強制した面があると思いますが、少なくても共産主義やエスペラントのような「理念」は介在しませんでした。ヨーロッパの平民たちの自発的な意思がラテン語の地位を押し上げたのです。
しかし、以下のブリタニカの厳密な定義にあるように、リンガ・フランカとは本来、相互コミュニケーションが取れない口語話者(populations speaking vernaculars)間で使われることばです。けっしてハイブローなことばではありません。
リンガ・フランカの本来の意味
Lingua franca, (Italian: “Frankish language”) language used as a means of communication between populations speaking vernaculars that are not mutually intelligible. The term was first used during the Middle Ages to describe a French- and Italian-based jargon, or pidgin, that was developed by Crusaders and traders in the eastern Mediterranean and characterized by the invariant forms of its nouns, verbs, and adjectives. These changes have been interpreted as simplifications of the Romance languages.
リンガ・フランカは「フランク王国のことば」を意味するイタリア語。口語話者が相互の意思疎通を計るための手段として用いた簡易言語のこと。最初の用例は中世時代に遡る。当初は東地中海に進出した十字軍や交易商人が、フランス語やイタリア語をもとに発達させたジャーゴン(仲間うちのことば)やピジン語(単純化された符丁的なことば)を指していた。リンガ・フランカは名詞や動詞や形容詞の語形変化を省略するなど、ロマンス諸語の単純化によって形成されたのが特徴。
ラテン語はローマ帝国崩壊後も、リンガ・フランカとして教会とともに生き残りましたが、やがてヨーロッパの世俗化が進むと衰退していきました。しかし英語やフランス語やスペイン語やドイツ語やスラブ諸語はラテン語から大量の語彙を吸収して文化全般にわたる高度化の糧としたわけで、ラテン語は「いまも生きている」と言えるでしょう。
昔書いた関連記事
英語の未来
英語もいつかはアメリカの衰退とともにラテン語と似た運命を辿るのかもしれません。しかし中国語やAIが生むかもしれない新言語との競争の前に、爆発的なELF人口の増大という、英語にとって巨大なビジネスチャンスに恵まれるのです。
中国語は英語の敵ではないでしょう。すでに書いたように「公平で開かれた世界」「フラットな社会」への移行は決定的なトレンドです。中国政府にこの圧倒的なリベラルな欲求を統制できるパワーがあるとは思えません。監視や抑圧を深めれば自滅が早まるだけです。
BELFへの視線
ビジネス界には、ノンネイティブを軽んじた従来のESLやEFLなどの英語トレーニングを続けても、せっかくのグローバル人材を会社の発展に活用できない、という危機意識があります。むしろ、ネイティブもノンネイティブと一緒に学ばなければならないような、新たな英語・新たな言語プラットフォームを作って創造性を高めようという気運が高まっています。
このような気運がBELF(Business English as a Lingua Franca)というコンセプトを支えています。たとえば、楽天の三木谷さんはBELF推進の視点から社内の英語化を進めているといいます。
Methods of teaching BELF, …, would assume a shared “core” of the English language, but focus as well on interactional skills, rapport building, and the ability to ask for and provide clarifications. Crucially, this means that ALL employees, including native English speakers, would need to participate in order for it to be a success.
BELFにおいては、英語のコア(シンプル化された語彙・文法・発音など)を話者間で共有しながらトレーニングを進める。単に言語能力だけなく、相互コミュニケーションスキルの向上、ラポール形成、お互いに不明点があれば質問し回答を返せる能力などの開発にも注力する。ネイティブスピーカーを含む全員参加が、BELFを成功させるうえで特に重要だと考えられている。
rapportはフランス語由来なので「ラポール」と読みます。臨床心理学(心理療法)から来た用語で、(患者と療法士の間に)打ち解けた相互信頼の関係をつくりあげることをいいます。rapport buildingはビジネス界にととまらず、広く気心の通じた関係を築くことを意味する頻出用語です。詳しいことは以下の記事をご参照ください。
BELFがビジネス界の確かな潮流になるかどうかはわかりません。そこにはローカル文化の破壊、主権国家への悪影響など批判も渦巻いていますし、何より、そう簡単に「新たな言語プラットフォーム」などできそうにありません。
それでも、ネイティブを至高目標とする、従来の序列的(差別的)な英語習得の習慣が否定されつつあるのは事実です。ビジネスリーダーのなかでそういう意識が強まっているからです。
BELF教育市場はビッグチャンス
高邁なゴールはさておき、BELF英語教育には巨大な潜在市場があることは確実です。巨大企業のビジネスリーダーがBELFに関心を寄せるのは、新たな英語ニーズの沸騰が予想されるからです。
The most significant number in business in 2016 is 3.9 billion. That’s the number of people NOT currently on the internet. No one knows exactly how long it will take for them to move online but, at the current pace, it is likely this will occur for most within the next 5 years. Once these new ‘netizens’ have satisfied their basic needs to communicate with friends, the vast majority will want to use it for one thing: to better themselves and improve their circumstances. To do so, they will all need to adopt the established ‘lingua franca’ of global communication: English.
2016年ビジネス界のビッグナンバーは39憶だ。これはまだインターネットにまだつながっていない世界人口である。彼らがいつネットにアクセスするようになるのか誰にもわからないが、現在のペースでいけば、5年以内に現実化するだろう。この新たなネチズンたちが、友達とつながるという最も基本的なコミュニケーション欲求を満たしたとき、ほとんどの人間は次に「自己の成長と生活環境の向上」という一点を目指し始める。その際、彼らは地位の確立したリンガ・フランカ、つまり英語に頼らざるを得ない。
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